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「歴史を否定する人と同じ土俵に乗ってはいけない」~『否定と肯定』


ちなみに映画で再現された法廷でのやり取りはすべて、実際に語られたものだ。「私たちはその点、とても慎重にした」とリップシュタット教授は言う。

『否定と肯定』の撮影で、主演レイチェル・ワイズ(手前右端)らと話すデボラ・E・リップシュタット教授(手前右から2人目) © DENIAL FILM, LLC AND BRITISH BROADCASTING CORPORATION 2016

リップシュタット教授は、否定論者たちが女性をターゲットにしがちな傾向が今も広がっていると指摘する。「女性の記者やブロガーは、『殺してやる』『強姦してやる』『嘘つき』と攻撃され、『彼女に書かせるべきではない』と執拗に追いかけられる。女性だからだ」


リップシュタット教授自身は親族の誰ひとり、ホロコーストで犠牲になっていない。父はドイツ生まれだがナチス台頭以前の1926年にドイツを離れ、きょうだいもドイツ国外にいたし、母方はカナダ・米国出身だ。「だからこそ、歴史を学ぶのはとても大切だと感じた」とリップシュタット教授。身近な犠牲者がいなかったからこそ、客観的に研究を続けられた面も大きいだろう。

『否定と肯定』より © DENIAL FILM, LLC AND BRITISH BROADCASTING CORPORATION 2016

ホロコースト否定論を長年研究してきたリップシュタット教授は力説する。「世界にはホロコーストだけでなく、米先住民の虐殺もアルメニア人虐殺もルワンダの虐殺も、南京大虐殺も戦時慰安婦の存在も、地球温暖化も否定する人たちがいる。ナチスや米国人、オスマン帝国、フツ派、日本がそこまでひどいことをしたと思いたくない。『不都合な歴史』だからだ」


リップシュタット教授は彼らの巧みな論法をこう突く。「米シャーロッツビルで集会をした人たちも『私たちは人種差別主義者ではない、白人の居場所が必要なだけだ』と言う。でもそれは米国がかつて『分離』という形で経験したこと。白人の居場所がほしいというのはつまり、黒人はいらないということ。彼らは人種差別を、理にかなったものに見せかけているだけ。否定論者は『否定』という言葉も使わず、『ただ歴史を正したいだけだ』と言う。まるで羊の皮をかぶった狼のようだ」

デボラ・E・リップシュタット教授=外山俊樹撮影

日本でもよく目にする論法だ。「人種差別も偏見も、この世から消し去ることはできないでしょう。否定論者は筋金入りだし、考え方を変えることもできない。だが彼らが影響を与えるかもしれない人たちに、私たちが影響を及ぼすことはできる」とリップシュタット教授は語る。


そう言い切れるのも、この裁判を乗り切ったからこそだろう。「判決日は、どんな報道が出てくるか気になった。アーヴィングが報道陣に『これはすべて嘘だ』と言い立てるのではないかと。でも新聞は彼を『ホロコースト否定論者』と書くようになった。法廷がそう宣言したからだ。確かに彼は否定をやめなかったが、人々が彼に注目するのをやめた。彼はいまや『年老いた嘘つき』と見なされている」

『否定と肯定』より © DENIAL FILM, LLC AND BRITISH BROADCASTING CORPORATION 2016

訴訟は結果的に「いいこと」でもあった、ということだろうか。「訴訟が終わるまではそうは考えられなかったけど、後に、あなたの言うような気持ちになった。公に主張するメガホンを与えられた気持ち。私自身は訴訟前から何も変わっていないが、人々の見る目は変わった。彼は自滅した」


逆に言えば、そのためにこれだけの労力をかけなければいけなかったということか――。そう考えていると、リップシュタット教授は激励するように言った。「ナチスが台頭した時、『ユダヤ人差別はよくないが、ドイツを再び偉大にしてくれるのはいい』と人々は妥協した。でも基本的な信念は妥協してはいけない。たたかい続け、メディアも『嘘は嘘』だと言わなければならない」





藤えりか(とう・えりか)

朝日新聞GLOBE記者

1970年生まれ。経済部や国際報道部などを経て2011~14年にロサンゼルス支局長、ラテンアメリカを含む大統領選から事件にIT、映画界まで取材。映画好きが高じて脚本を学んだことも。『なぜメリル・ストリープはトランプに嚙みつき、オリバー・ストーンは期待するのか~ハリウッドからアメリカが見える』(幻冬舎新書)が3月30日に発売。読者と語るシネマニア・サロンを主宰。ツイッターは@erika_asahi






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