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身近な人々にもレンズを向けるようになった私

フォトジャーナリスト 林典子 #15

photo:Hayashi Noriko


GLOBEでの連載ということで、これまで世界各地で出会った人々を紹介してきた。


取材先ではいつも、地域に関係なく、どんな環境の中でも、それぞれにユニークな「物語」があることに気づかされる。そして、あっという間に過ぎ去ってしまう一瞬を記録し、あとからその時間を見つめ返すことのできる「写真」が存在する時代に生きていることを、有り難く思う。


数年前から、遠い国に暮らす「特別」な人々だけでなく、身近にある暮らしや人々にもレンズを向けるようになった。誰かに何かを伝えるための手段ではなく、あくまで私個人の思い出のために。


アルバムの最初のページに貼られた2歳の時の祖母の写真
photo:Hayashi Noriko


私の祖母は9月30日に97歳になった。3年前から埼玉県の特別養護老人ホーム(特養)に入所している。幼い頃から自宅で同居していた。数年前までは犬の散歩をし、80代半ばまで一緒に海外旅行するほど活動的だった。

施設で上履きを履かせてもらう
photo:Hayashi Noriko
就寝前に血圧を測る
photo:Hayashi Noriko
久しぶりの旅行で母に支えられて歩く
photo:Hayashi Noriko


子どもの頃にお世話になった祖母との時間を少しでも多く過ごせるように、取材の合間に出来るだけ訪ねるようにしている。それでも一緒に過ごす時間は限られてしまう。1ヶ月に2回会えれば多い方だ。


ある日、祖母の部屋のクローゼットに2冊のアルバムを見つけた。


94年前に撮影された祖母の七五三の写真、祖母のおばあさんと一緒に写ったポートレート、小学生時代の友人との写真、家族と箱根を訪れた時の記念写真。当時拾った紅葉(もみじ)の葉も一緒に貼付けられていた。


祖母が高校時代、自宅に作った簡単な暗室でプリントした手作りの写真も何枚か添えられていた。


3歳の七五三、5歳の時の花まつり、おばあさんと写真に写る7歳の祖母
photo:Hayashi Noriko

すべて戦前に撮影された貴重なプリントばかり。 撮ってその場で消去できてしまうデジタル時代と違い、撮る行為そのものが貴重な時代の写真だ。


丁寧に撮影したその場の空気感が伝わってきた。

学生時代に祖母が撮影しプリントした写真。愛猫トラの写真はアルバムにたくさん登場する
photo:Hayashi Noriko

私はその時、2011年の大震災で自宅が津波に流されてしまい、数日後に跡地で必死に思い出の写真を探していた東北の人々の姿を思い出した。


14年夏のイラクでは、ISに故郷を追われた少数民族ヤズディの人々が平和な頃の写真を私に見せてくれた。今にもISが村に迫ってくる緊迫したなかで彼らは大切なものを手に取って逃げたのだが、そのほとんどは彼らが自ら撮影した思い出の写真だった。

80年前、知り合いの子どもと神田で一緒に写真に写る16歳の祖母
photo:Hayashi Noriko

現在進めている朝鮮民主主義人民共和国での取材。帰国事業で日本から朝鮮へ渡った80代、90代の「日本人妻」たちが宝物だと言って見せてくれたのは、半世紀以上も前に日本から持っていったアルバムだった。


平壌から中国へ向かう列車で居合わせた朝鮮人乗客の男性が小さな鞄に入れていたのは、7歳になる娘の誕生日に撮影した家族との記念写真だった。彼はこれから3年間中国に滞在するため、しばらく家族と会えなくなると言っていた。

16歳の頃の思い出の写真
photo:Hayashi Noriko

日常的に写真を撮影することのないパキスタンの村で、私がある女性に手渡した写真。それは彼女が人生で手にする2枚目の彼女自身の写真だった。彼女を再訪したとき、その写真は居間の目立つ場所に立派な額で飾られていた。


写真は動画と違い、時間と空間が限られる。


写真に出会った頃はその奥深さについて思いを巡らせることなどなかったが、さまざまな地域の人々と出会い、その暮らしを記録していくなかで、写真を大切にする思いは、文化や社会背景を越え、すべての人々に共通するものと感じるようになった。


今は写真に関わる活動が出来ることに感謝している。


春、母と一緒に施設の近所を散歩する
photo:Hayashi Noriko

祖母はこの数年で少しずつ体力が低下し、一人で歩くことが出来なくなった。軽度の認知症も発症し要介護度4と診断された。

一人で入浴できた頃の祖母
photo:Hayashi Noriko

施設や旅行先、楽しみにしている美容院での祖母の写真を撮り始めて6年がたつ。当たり前のように流れていく祖母との時間と何気なく切り撮った瞬間がたくさんある。


いま生きている祖母の日常を、私個人の思い出のために、これからも記録していく。





はやし・のりこ

1983年、神奈川県川崎市生まれ。2006年から西アフリカ・ガンビア共和国の現地紙で写真を撮り始める。「メディアが取り上げない場所で暮らす、一人ひとりの想いや問題を伝えたい」と、硫酸で顔を焼かれたパキスタンの女性、HIVに母子感染したカンボジアの少年、誘拐結婚させられたキルギスの少女などを写真に収めてきた。著書に『フォト・ドキュメンタリー 人間の尊厳-いま、この世界の片隅で』、写真集『キルギスの誘拐結婚』がある。16年12月に写真集『ヤズディの祈り』(赤々舎)を出版。ホームページはこちら(http://norikohayashi.jp)


林典子 #1 ガンビア人記者、ジャスティスとの再会

林典子 #2 米国へ渡ったヤズディの「家族会議」

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林典子 #5 民族衣装に魅せられて、再訪したトルコの田舎町

林典子 #6 海の向こうの国で暮らす人々への想像力

林典子 #07 カンボジアで生まれたボンヘイの14年

林典子 #08 パキスタンで出会った、綺麗でありたいヒジュラたち

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林典子 #12 北京から平壌へ 寝台列車23時間の旅

林典子 #13 市長になったヤズディ教徒のファハド

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