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シャンパン片手に貧困語る左派への反発、浮き彫りに~『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』


ルイスは続けた。「だが、今の世界は真剣味のある人を求め、『誰が真剣で実直な人物か?』を問う。世界が不安定なためだ。今ならネルーダは大きく批判されているだろう。いや、当時だって多少は問題になったんじゃないかと想像する」。だからこそ今作でも、ガエル演じる警視ペルショノーが、ネルーダや仲間たちを「左翼エリート」と呼ばわるのだろう。

『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』よりガエル・ガルシア・ベルナル by Diego ArayaⒸFabula, FunnyBalloons, AZ Films, Setembro Cine, WilliesMovies, A.I.E. Santiago de Chile, 2016

「その意味で今作は、現代へのヒントを示してもいる。この問題を解決するにはどうしたらいいか? この映画は答えを明示せず、ただ問題を私たちに突きつけている。非常におもしろいことに、自由な今の世界でもこれがなお問題だということだ。映画を通して今の私たちにこの問題を示したのは、ラライン監督のとても知的な手法だと思う」。ルイスは言った。


チリは、今作が描いた時代ののちに共産党を合法化、民主政権が誕生した。ネルーダも復権、駐仏チリ大使となった1971年にノーベル文学賞を受賞する。だが帰国した翌1973年にピノチェトのクーデターで軍事政権が生まれ、ネルーダは自宅を破壊された末に、まもなく病死する。毒殺説も根強く、2010年代になって何度か調査されたものの、真相は闇の中だ。

『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』よりルイス・ニェッコ(右) Ⓒ Fabula, FunnyBalloons, AZ Films, Setembro Cine, WilliesMovies, A.I.E. Santiago de Chile, 2016

ルイスは言う。「チリはネルーダの死因をずっと突き止めようとしてきた。つまりこの国は彼をめぐって今も問題を抱えている。彼が独裁政権に殺されなければならないほど偉大なシンボルだったかどうかはわからないが、左派にとっては偉大なシンボルだった。人間は常にシンボルを求め、利用しようとする。とはいえ左派政治家も、アーティストであるネルーダがどんな人物かつかみきれず謎であり続けている。だからネルーダは偉大になった一方で、多くの人に嫌われ、攻撃もされてきたのだろう」


長らく軍事政権の混乱が続いたチリだが、今の大統領はミチェル・バチェレ(66)。ピノチェトのクーデターで父を拷問死により失い、自身も母とともに逮捕・拘束されるも豪州への亡命を経てチリ初の女性大統領となった人物だ。独裁政権に翻弄されたネルーダを演じた俳優として、今のチリの政治や社会をどう見るのだろう。「チリは独裁政権によって、発展のための年月が失われた。軍事クーデターは社会全体を破滅させる。それが民主化で回復した。私たちはこの歴史を忘れることはできない。今のチリは秩序ある社会。問題は抱えながらも、民主主義社会になった。今の民主主義はポピュリズムの苦難にさいなまれているが、それでも安定しているのは、過去から過ちを学んだことが大きい」

『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』よりルイス・ニェッコ by Diego ArayaⒸFabula, FunnyBalloons, AZ Films, Setembro Cine, WilliesMovies, A.I.E. Santiago de Chile, 2016

ルイスはネルーダについて、こうも強調した。「彼は南米の植民地としての歴史を塗りかえ、南米をスペイン植民地主義の足かせから解き放った」。ネルーダが理想を掲げて独裁政権に異議を唱えたことを、シャンパン社会主義者と批判してかき消しては、ものごとが見えづらくなってしまう――そんな気持ちにさせられた。





藤えりか(とう・えりか)

朝日新聞GLOBE記者

1970年生まれ。経済部や国際報道部などを経て2011~14年にロサンゼルス支局長、ラテンアメリカを含む大統領選から事件にIT、映画界まで取材。映画好きが高じて脚本を学んだことも。『なぜメリル・ストリープはトランプに嚙みつき、オリバー・ストーンは期待するのか~ハリウッドからアメリカが見える』(幻冬舎新書)が3月30日に発売。読者と語るシネマニア・サロンを主宰。ツイッターは@erika_asahi






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