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「私はオバマ支持。だから人種差別しない」の欺瞞を突く~『ゲット・アウト』


「何年も前、白人の女性とつき合っていた時に、彼女の両親に会いに行ったことがあった。ものすごく、怖かった。かすかなことであれ不快なことを誰かに言われる、あるいは何らかの形で、招かれざる感じを覚えるんじゃないかと。そうした恐怖がその通りになったということはなくて、その家族を責めるわけでもないけれど、実際、私は怖かった。それが今作のプロットとなった」


何度考えても驚くべきことだが、米国ではわずか約半世紀前まで、州によっては異人種間の結婚が違法で、逮捕・拘束までされた。詳しくは、それを違憲とする判断を導いた夫婦の苦闘を描いた『ラビング 愛という名のふたり』のシネマニア・リポート[#36]をご参照いただければと思う。

『ゲット・アウト』より © 2017 UNIVERSAL STUDIOS All Rights Reserved

ピール監督自身、妻は白人のチェルシー・ペレッティ(39)で(ちなみに彼女の兄はBuzzFeed創業者ジョナ・ペレッティ!)、母も白人だ。異人種間の恋人関係や家族のありようには慣れているかに思えるが、そんな彼でも恋人の実家に招かれ緊張したことに、とても考えさせられる。そう言うと、ピール監督は語った。「人種を超えたつき合いは米国で長年タブーで、違う人種の人との結婚にはものすごい抵抗や緊張感がある。私にも、白人女性と結婚すれば自分は黒人の側に背を向けるのではないか?どのように受け止められるのだろうか?という恐れがある。そうした自分の中の強迫観念が、長年の人種差別や抑圧の中で強まっている」


そうした実際の恐怖をホラーあるいはスリラー映画に仕立てたことで、「米国では非白人でいること自体がホラーだ」という現実をつまびらかにした。「米国では今、若い黒人男性が警官に殺されている。一方で当の警官は、特に影響を受けていないわけだ」


ピール監督は言う。「米国でマイノリティーでいるのは、孤立を感じるということ。男性ばかりの中でただ一人の女性でいるのと同様だ。私は、どういう人間であるかよりも、人種的アイデンディティーでもって見られる。今作でも白人たちはクリスに対し、彼が黒人だという点からアプローチする。つまり私の狙いは、『よそ者』であることから生じる恐怖感を取り上げることだった。突き詰めると、普遍的な問題なんだ」

『ゲット・アウト』より © 2017 UNIVERSAL STUDIOS All Rights Reserved

劇中、タナカという日系人あるいは日本人の中年男性が、裕福な白人集団にまじって出てくる。彼が登場した意味を聞くと、ピール監督は日本人の私に言葉を選びつつ、答えた。「タナカはマイノリティーだが、白人エリートの文化に受け入れられ、彼自身も溶け込み、カネもある。そうした『モデル・マイノリティー』を描こうという考えからだった」。あぁ、とてもよくわかる。日本の人はアジア系として米国ではマイノリティーに位置するのに、まるで自分が「白人」の側にいるかのようにふるまい、「黒人とは違う」と分けて考えてしまう人が、いる。


今作の出色は、黒人青年が恐怖心を向ける相手が、あからさまな白人至上主義者ではない点だ。「人種差別主義者といえば通常考えがちなのは、白人右派。今作はそれについて描いてはいない。そういう映画は、簡単なんだよね」とピール監督は話した。


その代わりピール監督がターゲットにしたのが、「白人リベラルエリート」だ。白人リベラルエリートといえば、それこそピール監督が身を置くハリウッドにわんさといる「人種」だ。作品や日々の声明を通して人権擁護や差別反対を掲げる彼らの多くはオバマ支持の反トランプ派だが、一方で裕福なエスタブリッシュメント(既得権益層)の一角を占めることで、特に最近は批判の対象にもなってきた。さらには大物プロデューサー、ハーヴィー・ワインスタイン(65)が長年の性的嫌がらせや強姦疑惑を相次ぎ告発され、映画界から事実上追放。その彼は実は今年1月、女性蔑視発言を繰り返すトランプ大統領(71)への抗議から全米で巻き起こった女性大行進に参加していた。

『ゲット・アウト』の撮影にあたるジョーダン・ピール監督

そうした点についてピール監督に水を向けると、こう語った。「ワインスタインとトランプは、同じコインの表裏。とても肥大なコインのね(笑)。政治の世界でも、エンターテインメント業界でも、あるいはあらゆる業界や職場でも同じ問題がある。他の多くの国でも同じだと思う。実に問題だが、女性差別も人種差別も人間の特性だ」


それでも希望を見いだすとしたら、今作がヒットしたことだ。「どんな声が社会に受け入れられるかの境界が、どんどん押し上げられている。これまでなかったような作品も儲かることが裏づけられ、ビジネスが成立するのだとわかった」。ピール監督はそう言って、記録的大ヒットとなった史上初の女性スーパーヒーロー映画『ワンダーウーマン』(2017年)なども挙げた。同作のパティ・ジェンキンス監督にインタビューしたシネマニア・リポート[#59]を合わせてご覧いただければと思うが、つまり『ゲット・アウト』のヒットは同じ文脈に位置づけられるということだ。「だから、例えばもっと多くの女性監督を活用しよう、そこに投資しようというのが強まっている。米国も世界中も、異なる人種や文化、性的志向についてオープンになろうとしている」。今作でそう実感したピール監督は目下、さらなる社会問題をスリラーという形で突きつけるべく、新たな脚本を書いているという。







藤えりか(とう・えりか)

朝日新聞GLOBE記者

1970年生まれ。経済部や国際報道部などを経て2011~14年にロサンゼルス支局長、ラテンアメリカを含む大統領選から事件にIT、映画界まで取材。映画好きが高じて脚本を学んだことも。『なぜメリル・ストリープはトランプに嚙みつき、オリバー・ストーンは期待するのか~ハリウッドからアメリカが見える』(幻冬舎新書)が3月30日に発売。読者と語るシネマニア・サロンを主宰。ツイッターは@erika_asahi






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