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イギリスでアメフト人気のナゾ

スポーツ記者 稲垣康介 #12

朝日新聞欧州総局(ロンドン)駐在のスポーツ担当編集委員、稲垣康介が現場から届ける臨場感あふれるコラム。スポーツが映し出される欧州の社会の「いま」を切り取ります。


NFLがロンドンを占拠!?

10月1日の日曜日、ロンドンの中心にある地下鉄のグリーンパーク駅に降り立ったとき、「異文化の遭遇」を体験しました。この日、北西部のウェンブリースタジアムでアメリカンフットボールの米国プロリーグ、NFLの公式戦、マイアミ・ドルフィンズ対ニューオーリンズ・セインツが開催されました。英米とも熱烈なファンはひいきチームのユニホームを着込んでスタジアムに向かうのが「正装」なので、アメフトのユニホーム姿が、サッカーの本場、英国・ロンドンの中心部にあふれかえったわけです。

ロンドンでのNFL公式戦、演出は本場・米国並みに大がかり=稲垣康介撮影

NFLは10年前から毎年、ロンドンに乗り込んで公式戦を開催し、秋の恒例行事になっています。ロンドン屈指の繁華街、ピカデリー・サーカスとオックスフォード・サーカスを結ぶ目抜き通り、リージェントストリートは週末、歩行者天国となり、NFLのイベントに占拠されます。有料の衛星放送局ではNFLは頻繁に放映されています。


プロであるからには興行です。選手たちに巨額の報酬を払うには興行主であるリーグは稼がなければなりません。すでに米国内は成熟市場ですから、海外に打って出る必要があります。新しい市場として定着しつつあるのが英国。約400年前、英国から北米への移民の先駆けとして、清教徒らがメイフラワー号で渡ったのと逆のルートでの上陸です。


サッカー、いえ、英国風にはフットボールが圧倒的な人気を誇る英国ですが、ウェンブリースタジアムの最寄り駅に降り立つと、試合開始の3時間近く前から盛り上がりは最高潮でした。ふだんはサッカーグッズが売られている売店はNFLショップに早変わりです。


入り交じる「キャン」と「カン」

人の波の中で、しばらく耳をそばだててみました。スタジアムに向かう人たちの会話に、米国風のアクセントと、英国風のアクセントが入り交じっていました。わかりやすいのが、「can」の発音です。米国なら「キャン」だし、英国なら「カン」。これが識別の基準になります。「いいね!」というとき、「ラブリー」を連発するのは、まず英国の方々です。

ウェンブリースタジアムのプレスルームで出されたイングリッシュブレックファスト=稲垣康介撮影

取材証を受け取り、プレスルームに行くと軽食が用意されていました。メニューはスクランブルエッグ、ベーコン、ソーセージ、マッシュルームに焼きトマトという、英国のホテルなら年間365日同じ定番メニューである「イングリッシュ・ブレックファスト」が出迎えてくれました。英国では、この「朝食メニュー」がカフェなどで終日、メニューに載っていたりします。


さあ、いよいよ試合です。正式発表は観客8万4423人。9月にサッカーのイングランド代表がスロバキアとのワールドカップ欧州予選を戦ったときは6万7823人と、一部で空席も目立ったのとは違い、超満員でした。


気になる国歌斉唱時の姿勢は・・・・・・

注目の一つが国歌斉唱でした。トランプ米大統領が9月22日、アラバマ州ハンツビルでの演説でNFLをやり玉に挙げ、大きな騒動に発展していたからです。「選手が我々の国旗に敬意を表さない時、NFLのオーナーに『そのろくでなしを今すぐ場外につまみ出せ。クビだ』と言いたくないか」と語ると、白人が大半の支持者から歓声と拍手が起こったそうです。


NFLでは全米で警官による黒人射殺が相次いだ昨夏、49ersにいたQBコリン・キャパニックが試合前の国歌斉唱で起立を拒みました。今年8月にバージニア州で白人至上主義グループと反対派が衝突した後、一部のNFL選手が起立拒否を明言するなどの動きが続いていました。トランプ氏のツイッターでの放言は止まりません。9月23日には「NFLで高給取りという特別扱いを受けたいなら、我々の偉大なる星条旗を侮辱することは許されず、国歌斉唱には起立するべきだ。さもないと、お前はクビだ。他の仕事を探せ」。翌24日のNFLでは、200人以上の選手が試合前の国歌斉唱時に座ったりひざをついたりするなどして、トランプ氏に抗議の姿勢を示しました。


その翌週が10月1日でした。自分が記者席で確認した限りでは、ドルフィンズの黒人選手3人が米国の国歌斉唱時にはひざをついていました。その3人も、続く英国国歌の斉唱時には立ち上がっていました。敬意が払われていたわけです。

米国の国歌斉唱の時、マイアミ・ドルフィンズの選手3人がひざをついた=AP

試合自体は正直、「凡戦」に見えました。あまりにも多くの反則が飛び交い、一方的な内容でセインツが20-0で勝利しました。一つひとつのプレーに対する興奮の感度も、サッカーの代表戦よりは鈍い印象でした。観客の中にふだんはNFLを見ない層が多かったから、無理もないことですが。


進むプロスポーツのグローバル化

プロスポーツのグローバル化はNFLに限りません。ゴルフ、テニスのような個人競技は、北米、欧州中心だったツアーが中南米、アジア、中東へと広がっています。大会スポンサーになってくれる企業がある未開拓地域にどんどん進出、新興市場の発掘に余念がありません。


サッカーのように「ホームグラウンド」があり、地元のサポーターたちがいる競技にとっては少々ハードルが高いですが、欧州の人気サッカーチームがシーズンオフの時期に北米やアジアに親善試合ツアーをするのは、夏の風物詩となっています。それに、イングランドでもスペインでも、アジアの視聴者に配慮してキックオフの時間帯を欧州時間の午前中や正午に設定するケースが当たり前になっています。

欧州サッカー界の最高峰であるUEFAチャンピオンズリーグは試合開始が原則、英国なら午後7時45分と決まっています。だから、日本にいると睡魔との戦いを強いられる未明のキックオフになります。


9月、国際オリンピック委員会(IOC)総会の取材でペルー・リマに行きました。夏時間だと英国とペルーの時差は6時間。現地では午後の時間帯がUEFAチャンピオンズリーグの試合にあたります。会議取材の合間に抜け出して、リマのフードコートに足を向けると、大型スクリーンでバルセロナ(スペイン)対ユベントス(イタリア)が放映されていました。かなりの人が食事をしながら、画面に釘付け。ただ、アルゼンチン代表のメッシがゴールを決めても、大歓声は沸き上がりませんでした。いくら、スーパースターでも、南米のライバル国のエースですから、それも自然なことか、と納得しました。

ペルーの首都リマのフードコートではUEFAチャンピオンズリーグを生中継していた=稲垣康介撮影

今の世界は一握りの富裕層と、それ以外との断絶、分断が社会問題になっています。その原因の一つが経済のグローバル化です。プロスポーツも例外ではありません。国境の垣根を飛び越え、ピッチ内と同様、弱肉強食のサバイバルが繰り広げられています。



いながき・こうすけ



朝日新聞欧州総局(ロンドン)駐在のスポーツ担当編集委員。欧州で暮らすのは2001年から4年間のロンドン、アテネ駐在以来。著書に『ダウン・ザ・ライン 錦織圭』(朝日新聞出版)。世界のあらゆる情報が瞬時にインターネットで入手できる時代だからこそ、取材現場の臨場感が伝わるコラムをお届けできたらと思っています。



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