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ドラマなきIOC総会

スポーツ記者 稲垣康介 #11

赤じゅうたんが敷かれた階段を上がり、国立劇場に足を踏み入れたときに感じたのは、流れている空気の緩さでした。9月12日、私は南米ペルーの首都リマで開かれる国際オリンピック委員会(IOC)総会のオープニングセレモニーの取材に来ていました。


本来、この総会で2024年大会の開催都市が選挙で決まる予定でした。ところが、財政負担の重さなどから近年、五輪の招致熱は冷え込んでおり、24年大会ではローマ、ハンブルク(ドイツ)、ブダペストが途中で離脱。IOCは残ったパリと米ロサンゼルスの2都市を24年、28年大会に振り分ける異例の決定をしました。歓喜と落胆のドラマがなくなったのです。開催都市を決める総会取材は1999年ソウルから数えて8回目になりますが、敗者がいない総会は、初めての体験です。

開催都市に決まり、IOCのバッハ会長をはさんで立つパリとロサンゼルスの市長=AP

オープニングセレモニーの後は、会場のロビーでのカクテルパーティーが慣習です。ここが文字どおり、最後のロビー外交の場なのですが、すでに24年パリ、28年ロサンゼルスでIOCとの3者合意が成立しており、2都市の関係者は笑顔での歓談モード。それどころか、パーティーでは軽いおつまみしか出なかったため、多くのIOC委員はほかの場所でのディナーに繰り出すべく、そそくさと会場を後にする姿が目立ちました。


4年前、東京がマドリード、イスタンブールとの激闘の末、20年大会を勝ち取ったブエノスアイレス総会とは、あまりにも対照的でした。13年9月の選挙前夜の様子を書いた自分の記事を再掲してみます。少々長い抜粋ですが、お付き合いを(肩書は当時)。

    

                 ◇


6日夜、IOC総会のオープニングセレモニーが催された。舞台は伝統あるコロン劇場。イタリア・ミラノのスカラ座、パリのオペラ座とあわせて世界3大劇場の一つだ。東京、マドリード、イスタンブールの招致委にとっては、最後のロビー活動のチャンスになる。


午後7時の開演前から、戦いは幕を開けた。IOC委員が座る1階のストール席に向かう階段の上で待ち構えていたのが、フェンシングの太田雄貴選手。東京の最終プレゼンで、アスリート代表として登壇する。


「将来の僕のポジションに座る人にお願いしてきますよ」


そう言い残して階段を駆け下り、歩み寄ったのは次期会長の本命、トーマス・バッハ副会長(ドイツ)だ。彼はフェンシングの五輪金メダリスト。太田選手は西洋風のあいさつでハグをしてエスコート。「1票をお願いします」と願いを込めて。


IOC委員が何を基準に選ぶかは正直、謎だ。投票は電子ボタンによる無記名。秘密投票であり、説明責任も求められない。カクテルパーティーのなかで、東京の招致委の切り札になったのは、2人。高円宮妃久子さまと、安倍晋三首相だった。久子さまは首都圏のラッシュアワーのような混雑具合の会場で、笑顔を絶やさず、自ら進んでIOC委員と歓談する姿が目についた。英語が堪能で、話題も豊富。とにかくフットワークが軽い。国際スポーツ界に人脈を築いてきた蓄積が生きている。


ロシア・サンクトペテルブルクでのG20サミットを終えて駆けつけた安倍首相も精力的に動いていた。会場にいた馳浩衆院議員からこんなことを聞いた。「見ました? 安倍首相のところに北朝鮮の張雄IOC委員が記念写真を撮りたいと来たんですよ」。つかの間の五輪外交だ。

2020年五輪の開催都市が東京に決まり、喜ぶ安倍晋三首相(右から3人目)ら=2013年9月、ブエノスアイレス

                 ◇


記事を読み返してみると、今回のリマ総会とは緊迫感が全く違うのがわかります。「劣勢だと感じた某都市はIOC委員に金塊を配り始めたらしい」。4年前、委員が滞在するブエノスアイレスのヒルトンホテルで、耳を疑いたくなるうわさを聞いたりもしました。


今回、ロサンゼルスのガルセッティ市長は、喜びの共同記者会見でこんな話をしました。


「我々は招致についていろいろな都市伝説を聞いてきた。IOCは柔軟さがないとか。でも今日ここで示されたように、すばらしい柔軟性をIOCは見せてくれた。招致レースは腐敗していると聞いていたが、クリーンで透明だった。IOCは要求が多く、とても理想が高いと聞いていたが、実際は協力的だった。だから今後、立候補を考えている都市にはこうアドバイスしたい。怖がる必要はない」


隣で聞いていたIOCのバッハ会長の顔がほころんでいたのを、私は見逃しませんでした。でも、考えてみれば当たり前です。今回は「勝者」しかいない招致レースだったのですから。なんとかIOC委員に振り向いてもらおうと画策する必要はなかったのです。


IOCに対する世間の空気は、02年ソルトレークシティー冬季五輪招致に絡み、委員10人が辞任、もしくは追放に追い込まれた当時と変わっていません。腐敗した組織のイメージは抜けていません。


今回の総会前、記者会見で質問が集中したのは、リオデジャネイロ五輪招致の買収疑惑でした。大会組織委会長でもあったヌズマン元IOC委員の自宅が家宅捜索を受け、ほかの有力委員にも醜聞が浮上していました。

ブラジルの警察当局に出頭するリオデジャネイロ五輪の大会組織委会長ヌズマン氏=AP

英紙ガーディアンは13日の2大会同時決定にあわせて招致疑惑のニュースを打ってきました。16年リオ五輪と20年東京五輪招致を巡りブラジル司法当局が、リオと東京の招致委員会からIOC委員(当時)で国際陸連会長だったラミン・ディアク氏の息子、パパマッサタ氏に対し、買収目的の資金が渡った可能性があるとの結論を出した、という内容です。


報道によると、東京が招致に成功した2カ月後の13年11月、東京招致委が約2億3千万円でコンサルタント契約を結んだシンガポールの顧問会社から、パパマッサタ氏がパリで宝飾品を購入した店側に8万5千ユーロ(約1113万円)が振り込まれています。


リオの疑惑と構図は似通っています。フランス検察の見立てによると、リオが勝った09年秋の総会の投票前に、パパマッサタ氏にブラジル企業から200万ドル(約2億1600万円)が渡り、IOC委員の買収に使われたとされているのです。ヌズマン氏は仲介役を務めたとみられています。


東京が支払った2億3千万円の行方について、真相は闇の中です。純粋なコンサルタント料だったとしても、世間一般の感覚からみたらどうでしょう。億単位の巨費が、招致決定から1年も経たずには閉鎖された顧問会社に振り込まれた事実は変わりません。



いながき・こうすけ



朝日新聞欧州総局(ロンドン)駐在のスポーツ担当編集委員。欧州で暮らすのは2001年から4年間のロンドン、アテネ駐在以来。著書に『ダウン・ザ・ライン 錦織圭』(朝日新聞出版)。世界のあらゆる情報が瞬時にインターネットで入手できる時代だからこそ、取材現場の臨場感が伝わるコラムをお届けできたらと思っています。



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