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太平洋軍司令官人事を巡る米軍内部での疑心暗鬼

軍事社会学者 北村淳 #13


アメリカ海軍太平洋艦隊司令官スコット・スウィフト大将は、9月25日、かねてより確実視されていた次期太平洋軍司令官への昇任の道が突然閉ざされたため「予期せぬ退役」を願い出たことを発表した。


突然の退役宣言に対しては、太平洋艦隊艦艇による大きな事故が連続しただけでなく17人もの将兵が命を失ったことに対する責任をとらされた結果とされているが、米軍関係者とりわけ対中強硬派の人々の間では、今回の人事の意思決定過程には中国の影響が何かしらの形で働いたのではないか?という臆測が広まっている。


ハワイ・オアフ島の真珠湾を本拠地にするアメリカ太平洋艦隊司令部は、横須賀を本拠地にする第7艦隊、サンディエゴを本拠地にする第3艦隊、それに潜水艦部隊や航空部隊などを指揮し、太平洋からインド洋にかけての広大な海域を担当区域にしている。その司令官には海軍大将が任ぜられ、アメリカ海軍内でも最重要ポストの一つである。その太平洋艦隊司令官は、アメリカ海軍軍人のトップである海軍作戦部長の管理運営下にあると共に、アメリカ軍全体の統合的運用においてはアメリカ太平洋軍司令官の指揮を受けることになる。

アメリカ太平洋艦隊の担当海域


アメリカ太平洋軍司令官は、太平洋からインド洋にかけての海域とその沿岸諸国を担当地域とする太平洋艦隊司令官、太平洋空軍司令官、太平洋陸軍司令官そして太平洋海兵隊司令官などを直接指揮し、広大なアジア太平洋地域におけるアメリカ軍全体の頂点に立っている。現在の太平洋軍司令官は、2015年5月に太平洋艦隊司令官から昇任したハリー・ハリス海軍大将である。


中国が忌み嫌う対中強硬派

太平洋艦隊司令官時代から対中強硬論で知られていたハリス大将は、太平洋軍司令官に就任しても対中強硬路線のスタンスをとり続けていた。そのため、北朝鮮問題でトランプ政権が中国の助力を仰ぐようになると、中国側はハリス司令官を更迭するようホワイトハウス関係者に迫ったという逸話もある。


ハリス大将が太平洋艦隊司令官から太平洋軍司令官に昇任した後に太平洋艦隊司令官に就任したのがスウィフト司令官である。第7艦隊司令官を歴任したこともあり海軍作戦部長の参謀も務めてきたスウィフト海軍大将は、常に中国海洋戦力と向き合ってきた関係もあって、中国に対しては強硬なスタンスをとり続けており、ハリス司令官同様に対中強硬派とみなされてきている。


理論家的な学者肌の側面と断固とした決断をなす軍事リーダーの側面を併せ持ち、人望を得ている理想的な太平洋艦隊司令官であったため、9月24日までは関係者たちも次期太平洋軍司令官に就任するものと考えていた。筆者自身が9月12日にスウィフト司令官自身と面会した際にも、日本をはじめとする東アジア情勢の話の節々から、次期太平洋軍司令官としての意気込みが感じられた。


また、中国が対中強硬派のハリス太平洋軍司令官の更迭をホワイトハウスに迫ったことと関連して、ハリス大将をオーストラリア大使に転出させるという噂も広まっている。対中強硬派の米軍関係者たちは、海兵隊大将であったマティス国防長官の下、ハリス太平洋軍司令官を統合参謀本部議長(米軍人全体の最高位)に昇格させ、スウィフト太平洋艦隊司令官を太平洋軍司令官に昇格させれば、その態勢だけで中国人民解放軍に対する大きな抑止効果が生まれるに違いない、と“勝手”な人事案を期待していた。


実際には、ハリス大将の人事も定まっているわけではない。本人は噂は否定しているし、対中強硬派による統合参謀本部議長昇格案に対しても太平洋軍司令官の任期(通例では2018年5〜6月まで)を全うしたらリタイアして静かに過ごすつもりだと語っている。

アメリカ太平洋軍の担当地域



サプライズ人事の通告

このような状況で、突然、海軍作戦部長リチャードソン大将からスウィフト司令官に対して、「次期太平洋軍司令官に貴官を推薦することはない」という申し渡しが直接なされたのだ。実質的な退任勧告とみなすことができる通告を受けたスウィフト司令官は、自他共に疑っていなかった太平洋軍司令官へのステップが突然絶たれたため、太平洋艦隊司令官の職責を全うし次第、退役する旨を申し出た。スウィフト司令官の退役の時期は「6週間後になるか、6ヶ月後になるか」定かではない。いずれにしても(再び突然のサプライズ人事が起きない限り)太平洋艦隊司令官の職をもって海軍から去ることになったのである。


リチャードソン海軍作戦部長がこのような決断をなしたのは、「今年に入ってからでもすでに4件も太平洋艦隊所属軍艦が事故を起こしており、そのうちの2件では合わせて17人もの死者を出してしまっている。これまで、事故を起こした艦艇や第7艦隊司令部関係の幹部6人が処分を受けているが、総元締めの太平洋艦隊司令官スウィフト提督も引責せざるを得ない状況である」という論理が表向きの理由である。


しかしながら、海軍関係者や海兵隊関係者たち—とりわけ対中強硬派の人々—の間では、中国が何らかの形で影響力を行使したのではないか?あるいは、少なくともホワイトハウスやペンタゴンレベルでの中国に対する政治的配慮が、ハリス司令官同様に——あるいはそれ以上に対中強硬派の重鎮とみなされているスウィフト司令官の実質的更迭人事決定の理由として背後にあるのではないか?と考えられている。


対中強硬派の人々の憤り

たしかに、これまでFONOPをはじめとして中国の南シナ海侵出に“最後の牽制”を加えてきたスウィフト司令官が、太平洋艦隊司令官(海軍だけの司令官)から太平洋軍司令官(海軍・海兵隊・空軍・陸軍・特殊作戦群など全ての司令官)へと“グレードアップ”してしまうことは、中国の南シナ海や東シナ海への侵出政策にとってこの上もなく好ましからざる状況となるわけである。実際に中国は、ハリス太平洋軍司令官を罷免するようにワシントンDC筋に圧力をかけた形跡もあるため、スウィフト司令官の昇進の妨害もしかねないと対中強硬派の人々は危惧していた矢先であった。


そのため、「このままスウィフト司令官が太平洋軍司令官に就任せずに退役してしまった場合、得をするのは中国だけだ」といきり立っている人々も少なくない。そのような人々の中からは「現状の軍事情勢を鑑みると、スウィフト大将が太平洋軍司令官に昇格しない場合、中国の東アジア制覇に拍車がかかってしまう。この際、マティス長官は誤った決断を下したリチャードソン海軍作戦部長を解任してでもスウィフト司令官の人事を正常な姿に戻すべきである」といった声まで上がっている状態である。


太平洋軍司令官のポストには海軍大将が就任するのが慣例となっている。これは太平洋軍の作戦行動は地形的条件から海軍が中心的役割を果たすことが避けられない以上、当然のこととされている。また、ハリス司令官のように太平洋艦隊司令官から昇格した例も少なくなく、太平洋軍と太平洋艦隊の担当エリアがオーバーラップしているため、理想的なステップともみなされている。しかし、歴代の太平洋軍司令官の半数以上は太平洋艦隊司令官以外のポストから昇格しており、太平洋艦隊司令官であるスウィフト大将が自動的に太平洋軍司令官に昇格する決まりがあるわけではない。


結果を見れば中国の思い通り

とはいうものの、もしリチャードソン海軍作戦部長がスウィフト司令官の昇格を阻む意思決定をなす過程で「中国に対する政治的配慮」が少しでもなされていたとしたならば、すでに中国の影響力はアメリカ政府の意思決定ループに入り込んでいるということになる。


そして、たとえそのような影響力とは全く無関係にスウィフト司令官の人事が決定したとしても、実際に米軍関係者とりわけ対中強硬派の人々の間で人望が厚いスウィフト海軍大将が太平洋軍司令官のポストを得られないという、中国人民解放軍が望んでいた筋書きが実現したことは事実である。真の理由はともかく、結果だけから判断するならば、中国側の勝利ということができる。



(次回は10月18日に掲載する予定です)



きたむら・じゅん

1958年東京生まれ。東京学芸大学卒業。警視庁公安部勤務後、1989年に渡米。戦争発生メカニズムの研究によってブリティッシュ・コロンビア大学で博士号(政治社会学)を取得。専攻は軍事社会学・海軍戦略論・国家論。海軍などに対する調査分析など米国で戦略コンサルタントを務める。著書に『アメリカ海兵隊のドクトリン』(芙蓉書房出版)、『写真で見るトモダチ作戦』(並木書房)、『巡航ミサイル1000億円で中国も北朝鮮も怖くない』(講談社)、編著に『海兵隊とオスプレイ』(並木書房)などがある。現在、米ワシントン州在住。


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