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サッカー「欧州組」の熾烈な日常 

スポーツ記者 稲垣康介 #10


記者席に座り、メンバー発表を待ちながら内心、不安でいっぱいでした。


8月20日、イタリア1部(セリエA)の開幕戦の取材でロンドンからミラノに飛びました。スタジアム脇のショップの店先には、「NAGATOMO」と書かれた背番号55のレプリカユニホームが風に揺れていました。日本代表で長年、サイドバックとして活躍する長友佑都が所属するインテル・ミラノがフィオレンティーナを迎えての一戦です。

インテル・ミラノの本拠スタジアムには長友佑都の背番号55のユニホームが売られていた=稲垣康介撮影

数日前から、地元スポーツ紙の予想では長友は控えでした。出場機会がなければ、試合後に話を聞くのも難しくなります。キックオフは午後8時45分。日帰りはできません。泊まりがけの出張が「空振り」に終わる恐れがありました。


でも、杞憂でした。長友は堂々と開幕スタメンを勝ち取り、左サイドバックでピッチに立ちました。前半4分、自陣から長友が前線へロングパスをけりこみ、それを受けたイカルディが倒されてペナルティーキックに。先制点の起点となりました。その後も、持ち味であるオーバーラップなど攻守に走り回り、3-0の白星スタートに貢献しました。

開幕戦でフル出場した長友佑都=AP

取材ゾーンで待っていると、充実した表情の長友がやってきました。日本メディアとのやりとりは、昨季までローマを率い、今季からインテルの指揮を執るスパレッティ監督の戦術についてからでした。


「今までいろいろな監督の下でやってきましたが、まあ、一番細かいかもしれないですね。ポジショニングとか。要求が厳しい。レベルが高い選手たちがそろっているので戦術が浸透すれば、良いサッカーができる自信は皆、持っていると思います」


テニス、ゴルフなどの個人競技と違い、サッカーの場合は出番があるかは監督の裁量次第です。監督が志向する戦術にフィットしなければ、ベンチを温めるしかありません。


「自分自身、コンディションはすごく良かったんで。監督も評価してくれているとメディアにも語ってくれていたので、今日の試合でもスタメンで使ってくれて、一定の信頼を感じるんで、貢献したいという気持ちはありましたよね」


開幕スタメン、フル出場、しかもチームは快勝なので、口調は滑らか。しかし、表情は引き締まったままです。


「インテルもまた新しい選手を取りましたし、これから厳しい戦いになると思いますけど、まあ、自分さえしっかりコンディションを上げていければ、練習できていれば、最終的には残れるんじゃないかなと思います」


イタリアでも屈指の名門クラブだけに、チーム内の生存競争は熾烈です。8月に入り、インテルはニース(フランス)からブラジル人のサイドバック、23歳のダルベルトを獲得しました。移籍金は円換算で25億円を超す規模だとされるから、相当な投資です。期待の高さがうかがえます。


「また新たにサイドバックをバレンシアから取ると思うので、まあ6人なんですよね、サイドバックだけで。相当多いというか、めちゃくちゃ厳しいんですけど」。話しながら、本人は苦笑するしかありません。実際、数日後には予想通り、バレンシア(スペイン)からポルトガル代表の23歳、カンセロを獲得しました。


長友はインテル在籍が8季目で、クラブ最古参になります。「先輩としての自負はあるか?」との質問が飛ぶと、長友らしい答えが返ってきました。


「僕自身はやるべきことは変わらないというか、まあ何度も言いますけど、誰よりもしっかり練習してね、下手な分だけ、才能がない分だけ、しっかり練習しないと。20億円も30億円も移籍金を出して買った選手が来ましたし。僕は練習、練習。そこしかないかな、勝てる部分は。しっかりコンディションを上げるしか……。才能があればいいんですけど」。謙虚さの中にプライドがにじむコメントでした。


もちろん、Jリーグでも各クラブで激しいレギュラー争いはあります。ただ、Jリーグ1部の平均営業収入(2016年)は36億円強です。インテルのようなビッグクラブになると、1人の選手の補強に同等の投資をするのが珍しくありません。資本主義の市場の原理に従えば、カネのあるところに一流どころは集まります。

イングランド1部、プレミアリーグの開幕戦でアーセナルの守備をかいくぐってパスを回すレスターの岡崎慎司=AP

8月11日はイングランド1部、プレミアリーグの開幕戦でレスターの岡崎慎司の取材に行きました。ロンドンでのアーセナル戦。先発出場が微妙とされた岡崎も見事、開幕スタメンの座をつかみました。前半早々、岡崎は屈強なアーセナルのディフェンダーとの位置取りに勝ち、ヘディングシュートを決めました。チームの今季初ゴール。試合後、岡崎は充実感を見せつつ、次を見据えていました。


「(ゴールを)続けるようにしたいですね。難しいかもしれないですけど、続けることで信頼ってぐっと寄せられると思うし、僕の場合は1点取ったからといって、ずっと出続けられるわけではない。やっぱり信頼を勝ち取るためにはシーズン2ケタ(得点)を取るくらいの勢いが欲しい」 

昨季もよく見られるパターンで、岡崎は後半途中でベンチに下がりました。

「守備的な選手を入れるのはわかるけれど、あとから攻撃的な選手を入れちゃったんで。もう1点追加点を取ってという監督の意図かもしれないし、新しい選手を入れて、使ってみたかったというのもあるかもしれないし」

途中交代で起用された一人は20歳のナイジェリア代表フォワード、イヘアナチョでした。地元メディアの報道によると、マンチェスター・シティから買い取った移籍金は円換算で約36億円。期待の大きさは投資規模に比例します。岡崎のレギュラーの座を脅かす存在なのは間違いありません。

「今シーズンはまず競争がもっと激しくなるので、自分も結果にこだわっていきたいです」。岡崎は承知の上です。グローバルな市場に身を置き、明日の保証がないサバイバルレース。それが、日本代表で主力を占める「欧州組」の日常です。

イングランド・プレミアリーグの開幕戦、アーセナル対レスターが行なわれたスタジアム近くのショップ
=稲垣康介撮影

・・・・・・

8月31日、日本代表は埼玉スタジアムでオーストラリアを2-0で破り、18年ワールドカップ(W杯)ロシア大会の切符をつかみました。試合終了の笛が鳴り、スタジアムが歓喜の渦に包まれた瞬間、長友も岡崎もピッチに立っていました。6大会連続となるW杯の扉を押し開く先制点をアシストしたのは、長友佑都でした。


(次回は9月15日に掲載予定です)




いながき・こうすけ



朝日新聞欧州総局(ロンドン)駐在のスポーツ担当編集委員。欧州で暮らすのは2001年から4年間のロンドン、アテネ駐在以来。著書に『ダウン・ザ・ライン 錦織圭』(朝日新聞出版)。世界のあらゆる情報が瞬時にインターネットで入手できる時代だからこそ、取材現場の臨場感が伝わるコラムをお届けできたらと思っています。



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