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ポーランドの右傾化と、戦後の悲劇~『夜明けの祈り』


修道女マリア役のアガタ・ブゼクの父はイエジ・ブゼク(77)。1997~2001年にポーランド首相、2009~2012年には欧州連合(EU)の欧州議会議長を務めた政治家で、共産主義政権下、レフ・ワレサ(73)率いる自主管理労組「連帯」に参加したこともある。彼女も動揺したとすれば、想像に難くない。

『夜明けの祈り』より、マチルド役のルー・ドゥ・ラージュ(右)と、マリア役のアガタ・ブゼク © 2015 MANDARIN CINEMA AEROPLAN FILM MARS FILMS FRANCE 2 CINÉMA SCOPE PICTURES

今作はポーランドで2016年3月に公開。フォンテーヌ監督がその初日に出席するためポーランドを再訪すると、「ポーランドがどこへ行こうとしているのか多くが心配していた。女性たちはとりわけそうだった」という。


折しもポーランドでは、「法と正義(PiS)」の主導で、妊娠中絶をほぼ全面的に禁じる法案が議会に提出。カトリック教徒が国民の9割以上とされるポーランドにはもともと、欧州で最も厳しいと言われる中絶禁止法があるが、今回の法案はさらに、中絶は母体に危険が及ぶ場合に限られ、たとえレイプ被害に遭った場合でも認められず、最高で禁錮5年に処されるという厳しい内容だった。性と生殖の権利を求め、喪の象徴である黒の服を着た女性たちが各地で大規模デモを展開、法案は2016年10月に否決されたが、フォンテーヌ監督は「とてもショックだった。昔に戻ろうとしているようで、恐ろしい」と語った。

アンヌ・フォンテーヌ監督=早坂元興撮影

ルクセンブルク生まれのフォンテーヌ監督が少女時代に移り住み、国籍を持つフランスでは、今春の大統領選で極右政党「国民戦線」のマリーヌ・ルペン党首(48)が決選投票にまで進んだ。ルペン自身は妊娠中絶も同性愛も容認するとの立場だ。監督はそれでも、「ともかくフランスでは右派政権を誕生させない選択となり、よかった。彼女のような人物が台頭してとても恥ずかしい思いだった。ポーランドをはじめ、欧州各地で起きている状況とは逆の方向に向かおうとするマクロンが大統領になって本当によかった」と語った。


フォンテーヌ監督には修道女のおばが2人いるという。今作に取り組むにあたり自ら、フランスの修道院2カ所で2度にわたって修行した。「1度目は3日間だったけれど、1カ月ぐらいに感じた。修道女たちとともに活動し、食事をし、何人かととても近しくなった。彼女たちの暮らしや修道女になるという選択について、より理解するようになったと思う。彼女たちの世界を内側から知ることは、今作を監督するうえで助けになった」

『夜明けの祈り』より © 2015 MANDARIN CINEMA AEROPLAN FILM MARS FILMS FRANCE 2 CINÉMA SCOPE PICTURES

今作の物語についても彼女たちと語り合ったという。「彼女たちにとって最もつらいことは、決して母になってはならないという点。神の名のもと、子どもを放棄しなければならないのはとてもつらいことだと言っていた。だからこそ今作は実際の修道女たちにとっても心打たれる話なのだと思う」


今作はフランスのアカデミー賞にあたるセザール賞で作品賞や監督賞など4部門にノミネート、今年6月に東京で開かれたフランス映画祭ではエールフランス観客賞を受賞。昨年来、欧米や南米の各国で上映されているが、ロシアではどの配給会社も買わなかったという。「そのワケは、わかるでしょう?」とフォンテーヌ監督は言った。

アンヌ・フォンテーヌ監督=早坂元興撮影

一方、ポーランドでは、「こんなことはなかったはずだ」と否定するような歴史修正主義的な動きは今のところ現れていないそうだ。「実は当初、ポーランドでそうした否定論者が出てくるのではないかと心配していた。調査に協力したポーランドの歴史学者は著名な人だから誰も何も言えなかった、ということかもしれないけれど、ともかくそうしたことは起きなかった」とフォンテーヌ監督。右傾化で世界から注視されるポーランドだが、中絶禁止法案の否決といい、新政権発足に動揺した人たちにも「希望」はまだある、ということかもしれない。







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藤えりか(とう・えりか)

朝日新聞GLOBE記者。

1970年生まれ。経済部や国際報道部などを経て2011~14年にロサンゼルス支局長、ラテンアメリカを含む大統領選から事件にIT、映画界まで取材。映画好きが高じて脚本を学んだことも。『なぜメリル・ストリープはトランプに嚙みつき、オリバー・ストーンは期待するのか~ハリウッドからアメリカが見える』(幻冬舎新書)が3月30日に発売。読者と語るシネマニア・サロンを主宰。ツイッターは@erika_asahi



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