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アスリートの肉声、届けるために

スポーツ記者 稲垣康介 #07


スポーツライターの仕事って、何ですか? そんな質問を受けたことがあります。こう答えました。「アスリートと読者の橋渡し役」


取材現場でアスリートに直接質問を投げかけ、勝負の背景にある「思い」を発信するのが醍醐味だと思っています。取材している年月、そして競技によって、選手との距離感は変わります。人気競技、そしてスターになればなるほど、日ごろから取材のオファーが殺到するので接触は難しくなります。サッカーのイングランド・プレミアリーグの強豪クラブとなれば、ハードルは一気に上がります。


今年2月のサッカーのイングランド・リーグカップ決勝は日本代表DF吉田麻也が所属するサウサンプトンがマンチェスター・ユナイテッドと対決しました。好勝負となりましたが、終盤にズラタン・イブラヒモビッチのヘディングシュートが決まり、マンチェスターUが栄冠を勝ち取りました。

サッカーのイングランド・リーグカップで優勝し、トロフィーを掲げて喜ぶマンチェスターUの選手たち=AP


私はほかの日本メディアの記者仲間と共に、選手との唯一の接点であるミックスゾーンで、吉田を待っていました。もちろん、マンチェスターUの選手たちの喜びの声も聞きたかったのですが、驚いたことにマンチェスターUの選手たちの大半は素通りです。15分以上、立ち止まって喜びを語ったイブラヒモビッチが数少ない例外でした。記者の問いかけにも軽く手を上げるだけで、目線も合わせずにバスへ。ミックスゾーンで私の携帯電話はほぼ「圏外」でしたが、選手たちは携帯を耳に当て、誰かと話している感じで、次々とスルー。主将のウェイン・ルーニーは長年取材している地元紙、マンチェスター・イブニングニュースのベテラン記者の問いかけにも答えませんでした。もっとも彼の場合は試合で出番がなかったので、コメントする内容もなかったという言い訳はできましたが……。今はツイッターやフェイスブック、インスタグラムなどSNSでファンと直接つながれる時代。メディアを介して発信するニーズが昔より減ったという、記者としては寂しい現実もあります。


同じく、一線級なら億万長者になれる人気スポーツでも好対照なのが、テニスです。


4大大会でも、ふだんのプロツアーでも、テニス取材では取材したい対象の選手の試合開始までに、主催者にインタビューのリクエストを出すのがルールです。「勝った場合」「勝敗に関わらず」の2通りで、さらに「試合後の記者会見」「単独インタビューの依頼」「話題もの」などの項目に分かれていることが多いです。選手は原則、呼ばれたら記者会見、もしくはミックスゾーンで取材に応じる義務があります。


7月3日に「芝の聖地」で開幕したウィンブルドン選手権は、大会序盤からさまざまな人間模様が記者会見で浮き彫りになっています。

ウィンブルドン女子シングルス1回戦で勝利したビーナス・ウィリアムズ=ロイター


女子シングルス1回戦で勝利したビーナス・ウィリアムズ(米)は異例の涙の会見となりました。6月上旬に交通事故を起こし、相手の車に同乗していた男性が死亡していた事実が開幕直前に判明していました。はじめは「つらい時期を乗り越えての大会だと思うが」などの婉曲的な問いかけでしたが、次第に質問が事故に直接的に触れる内容になり、「何と言ったらいいのか。言葉がみつからない」と言って、しばし沈黙。もう、涙をこらえきれなくなりました。競技と直接は関係のないことでも、対処を迫られたりするのです。

男子シングルス1回戦で敗れたバーナード・トミック(豪)の発言は「炎上」を招き、ラケットメーカーとのスポンサー契約が打ち切られる事態にまで発展しました。


トミックは4日の1回戦でストレート負けした後、「心理面で問題を抱えていた。なぜかわからないけれど、正直に明かすと、少しテニスに飽きていた」「(優勝して)トロフィーを掲げることに、もう満足できない」などと、「悪童」のニックネーム通りの問題発言を連発しました。

ウィンブルドン男子シングルス1回戦で敗れたバーナード・トミック=ロイター


試合中も、けがをしていないのに劣勢の状況で間を取るために、治療のためのタイムアウトを要求したとの理由で約170万円の罰金処分を受けました。ラケットを提供するメーカーは「彼の発言や態度は、私たちのテニスに対する考え方や情熱、プロ意識や相手への敬意を反映していない」として、即座にスポンサー契約の解除を発表しました。


196センチ、91キロの恵まれた体を持ち、世界ランキングの自己最高位は17位。まだ24歳です。獲得賞金はすでに5億円を優に超えています。彼は天性の才能に恵まれていることを自覚しつつ、すでにプロ転向10年目を迎え、燃え尽き症候群に陥っているように見えます。それでも、世界ランキングは59位と4大大会に予選免除で出られる位置をキープしています。


「僕たちは、皆、お金のために働いている」「僕はおそらくまだ10年ぐらいプレーするけど、引退したら、もう働かずに暮らせる」


人生はその人の自由とはいえ、多くの人々に夢を与えるプロアスリートの理想とは対極にあります。「アスリートと読者の橋渡し役」。ときには反面教師として、アスリートの肉声を届けることもあるわけです。


出来るなら……。数年後、少年時代のように純粋にテニスをする喜びを再発見したトミックの肉声を拾い、記事にしてみたいです。




(次回は8月4日に掲載予定です)




いながき・こうすけ


朝日新聞欧州総局(ロンドン)駐在のスポーツ担当編集委員。欧州で暮らすのは2001年から4年間のロンドン、アテネ駐在以来。著書に『ダウン・ザ・ライン 錦織圭』(朝日新聞出版)。世界のあらゆる情報が瞬時にインターネットで入手できる時代だからこそ、取材現場の臨場感が伝わるコラムをお届けできたらと思っています。



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