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ドイツの少数民族ソルブ人が暮らす中世の街で

フォトジャーナリスト 林典子 #09

photo:Hayashi Noriko


ベルリンから列車を乗り継いで4時間、チェコとポーランドとの国境に近いバウツェン駅に到着した。少数民族ソルブ人が暮らすドイツ東部の街だ。


ピンクや黄、青に塗られた建物や石畳の小道が残る中世の街並み。2015年末頃から移民流入に反対する住民が移民施設に放火する事件があり、ドイツでも保守的な地域と聞いていたが、特別な緊張感を感じることはなかった。

美しい街並みが残るバウツェン
photo:Hayashi Noriko

街のいたるところにドイツ語と並んでソルブ語で書かれている標識がある。

ドイツのソルブ人は約6万人と言われ、その多くがバウツェンを中心としたザクセン州とブランデンブルク州に暮らしている。


毎年冬に行われる「小鳥の結婚式」は子どもたちが結婚式のまねごとをする伝統祭事で、ドイツでも有名だ。

ソルブ人のアグネスさん(92歳)
photo:Hayashi Noriko

道端で出会う中年夫婦や、幼稚園の先生、滞在したペンションのスタッフらはみなソルブ人の歴史や文化について親切に話をしてくれた。


ソルブ人はポーランドやチェコに関係が強いスラブ系民族で、この地域に居住し始めたのは6世紀頃だと言われる。

100年ほど前は約15万人がソルブ語を話したが、現在は4万人以下に減り、日常会話として話す人は1万人に満たないと推定される。

ソルブ人はキリスト教の復活祭(イースター)で、タマゴの殻に鮮やかな模様を描いてイースターエッグを作る伝統がある
photo:Hayashi Noriko

旧東ドイツに属していたこの地域の年配者には、ロシア語を話せる人はいても英語を理解する人はドイツの他の地域に比べてずっと少ない。


ナチスによってソルブ人の聖職者や教師が強制収容所へ送られ、ソルブ語の出版物が禁止される弾圧も受けた。バウツェン郊外のカトリック教会にはナチスに殺害された司祭らの写真が掲げられている。

バウツェン郊外にあるソルブ人の墓地
photo:Hayashi Noriko
シュライフェをつけるソルブ人のミュラーさん(90歳)
photo:Hayashi Noriko

ソルブ人の民族衣装は色鮮やかで繊細なレースの装飾で有名だが、特別なお祭り以外で日常的に着用する人はほとんどいない。


バウツェン郊外の村々をタクシーで回っている途中、ソルブ人の運転手の男性が私を小さな老人ホームへ案内してくれた。


「ソルブ人の民族衣装を日常的に着ている人は見たことがないよ。だけど、祖母は僕が子供の頃からずっとソルブ人の象徴であるシュライフェ(黒いリボン)を毎日欠かさずつけているんだ」


老人ホームに到着すると、大きなシュライフェを頭につけている高齢女性たちに出会った。

20代スタッフ、モニカさんは「シュライフェをつけているソルブ人は15人もいないんじゃないかな。それも高齢者の女性だけ。10年後には誰もいなくなっていると思う」と話し、隣にいた入居者の女性を見つめた。


元ジャーナリストのソルブ人女性の自宅で
photo:Hayashi Noriko


はやし・のりこ

1983年、神奈川県川崎市生まれ。2006年から西アフリカ・ガンビア共和国の現地紙で写真を撮り始める。「メディアが取り上げない場所で暮らす、一人ひとりの想いや問題を伝えたい」と、硫酸で顔を焼かれたパキスタンの女性、HIVに母子感染したカンボジアの少年、誘拐結婚させられたキルギスの少女などを写真に収めてきた。著書に『フォト・ドキュメンタリー 人間の尊厳-いま、この世界の片隅で』、写真集『キルギスの誘拐結婚』がある。16年12月に写真集『ヤズディの祈り』(赤々舎)を出版。ホームページはこちら(http://norikohayashi.jp)


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