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フランス映画界がルペンに沈黙したワケ~『ヒトラーへの285枚の葉書』


スペイン系の祖父は内戦で戦った末に、25歳で壁の前で、ファランヘ党員に射殺された。リサーチをするうち、彼が死の直前、まだ1歳だった息子、つまりペレーズ監督の父に手紙を書いていたことがわかった。「それを読み、彼の声が突如聞こえてきた思いだった。その手紙を父に渡したら、非常に感銘を受けていた。彼にとっては初めて聞く父の言葉。とても感情に訴える瞬間だった」とペレーズ監督は振り返る。「手紙の力、何かを文字にすることの力をその時に感じた。この映画を私が撮ることの意味を感じたよ」

『ヒトラーへの285枚の葉書』より © X Filme Creative Pool GmbH / Master Movies/ Alone in Berlin Ltd / Pathé Production / Buffalo Films 2016

とはいえ資金集めは難航した。フランスで出資者は見つからず、ドイツですらなかなか関心を得られなかった。「1946年の本を今なぜ映画化するの?と思ったのではないか。ドイツ人ではない私が撮ることに、抵抗もあったのだろう。スティーブン・スピルバーグ監督やロマン・ポランスキー監督のような巨匠ならともかくね。私も親族としてはかかわりがあるのだけれど。だから映画製作は一時、頓挫しかけた」とペレーズ監督。それでも脚本を書き続けていたところ、2009年に原作本が初めて英訳、米英でベストセラーになって追い風が吹く。プロデューサーと相談し、英語で映画化することに。「そして今や、世界の観客からいい反響を得ている。うれしいことだ」


今作で考えさせられるのは、公務員として政府の命にがんじがらめとなったエッシャリヒ警部を、現代の私たちがどれだけ責められるのだろうか、という点だ。疑問をぶつけてみると、ペレーズ監督はこう答えた。「彼は私が共感するキャラクターだ。私、あるいは私たちの多くにとても近いように思う。古いタイプの警官ではあるが、普通の人、または善人。彼はゲシュタポをとんでもない奴らだと思っているが、多くの圧力のもとで、彼もゲシュタポのようにならざるを得なくなる。そうして彼も、システムに組み込まれる恐怖を感じていく。当時のドイツ人の多くが経験したことだろう」

『ヒトラーへの285枚の葉書』より © X Filme Creative Pool GmbH / Master Movies/ Alone in Berlin Ltd / Pathé Production / Buffalo Films 2016

ペレーズ監督にインタビューしたのは4月下旬。仏大統領選の決選投票を前に、極右政党党首のマリーヌ・ルペンが勝つか、親・欧州連合(EU)のエマニュエル・マクロン(39)が勝つかが世界的に注目されていた。ペレーズ監督は「フランスに住んではいるが、スイス人だから投票はできない」と断ったうえで、「今回の選挙はフランスだけでなく欧州の未来にとって非常に重要だ。EU離脱のためなら何でもするであろうルペンが本当に勝てば、ものすごい大混乱が起こるだろう。マクロンは若いが、多くの人が彼に投票することを願う」と語った。


「もしルペンが勝ったら?」。そう聞くと、「まじめな話、彼女は勝たないだろう。米大統領選の時もトランプについて多くがそう言ったわけだけどね。それでも、彼女が大統領になるなんて想像もできない。フランスの映画界でも、ルペン支持者は見たことがない」と言った。

『ヒトラーへの285枚の葉書』より © X Filme Creative Pool GmbH / Master Movies/ Alone in Berlin Ltd / Pathé Production / Buffalo Films 2016

なのに、ルペンや仏大統領選をめぐる話題はフランス映画界からほとんど聞こえてこなかった。ハリウッドでメリル・ストリープ(68)やロバート・デニーロ(73)、ジョディ・フォスター(54)らが反トランプの気勢をあげたのとは大違いだ。英国でもEU離脱を問う住民投票を前に、俳優のベネディクト・カンバーバッチ(40)やジュード・ロウ(44)、キーラ・ナイトレイ(32)らが連名で残留支持を表明していた。


ペレーズ監督は「フランスの映画人はみな多くを語らず、大統領選にはある意味距離を置いている」と語った。そのワケは、まさにハリウッドの教訓にあるという。


「米大統領選でのハリウッドの様子を見て思った。このやり方は間違いだと。(トランプの対立候補だった)ヒラリー・クリントン(69)の背後に突如、著名人がずらり。それはクリントンのためにならなかった」。ペレーズ監督は、さらにこう解説してくれた。「著名人は、一般の人からすると金持ちでしかない。人々が懸命に働いて月々に得るお金を瞬時に稼ぐ。そんな著名人が支持する人物を、毎日汗して働く人や、仕事のない人が見たらどう思うか。今や人々は著名人にとても懐疑的だ。彼らのようになりたくてもなれなかった人は嫉妬し、批判する。つまり、訴えてもなかなか響かないという難しい状況になっている。名前が知られた人たちは、慎重にならなければならないと感じている」

ヴァンサン・ペレーズ監督=仙波理撮影

結局、仏大統領選はマクロンが勝利した。フランスの映画人が選んだ沈黙と、今作でオットーが突き進んだ抵抗と、それぞれどうとらえればいいのだろう。「政治は炎と同じということわざがある。近づきすぎたらやけどするけれど、離れすぎれば、冷める」。ペレーズ監督は政治との距離感の難しさを吐露したうえで、今作のオットーのセリフを挙げた。「私たちは一人ひとりだと砂つぶのようなものだが、まとまった砂として機械に飛び込めば、機械は動かなくなる、とオットーが劇中で語る。今の世界において、とても重要なフレーズだ。何が起きているか一人ひとりが知ったうえで、誰にも影響されず自分の心に従うのは大事なことだ。今作にメッセージがあるとすれば、そこだ」





[最近のシネマニア・リポートなど]

『ボンジュール、アン』

『オクジャ/okja』

『ラスト・プリンセス―大韓帝国最後の皇女―』『ローマ法王になる日まで』

『LOGAN/ローガン』

『ウォー・マシーン:戦争は話術だ!』『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』

『マンチェスター・バイ・ザ・シー』

『台北ストーリー』

『美女と野獣』

『午後8時の訪問者』

『牯嶺街少年殺人事件』

『ラ・ラ・ランド』

『未来を花束にして』





藤えりか(とう・えりか)

朝日新聞GLOBE記者。

1970年生まれ。経済部や国際報道部などを経て2011~14年にロサンゼルス支局長、ラテンアメリカを含む大統領選から事件にIT、映画界まで取材。映画好きが高じて脚本を学んだことも。『なぜメリル・ストリープはトランプに嚙みつき、オリバー・ストーンは期待するのか~ハリウッドからアメリカが見える』(幻冬舎新書)が3月30日に発売。ツイッターは@erika_asahi



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