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史上最大の「肥大化五輪」、決定の裏側

スポーツ記者 稲垣康介 #05


欧州を拠点にスポーツを取材していると、しばしば「ダブルブッキング」のようなジレンマに陥ります。6月9日、私はスイス・ローザンヌにいました。国際オリンピック委員会(IOC)が急きょ、臨時理事会を開いて2020年東京五輪のすべての実施競技を発表することになったからです。


前日までパリでテニスの4大大会、全仏オープンを取材していました。9日は男子シングルス準決勝の日。錦織圭が7日の準々決勝で世界ランキング1位のアンディ・マリー(英)を破っていたら、14年全米オープン以来の4大大会決勝進出を懸けた大一番になるはずでした。残念ながら錦織は負けたため、後ろ髪をさほど引かれることなく、ローザンヌに向かえましたが。

パリから高速列車TGVで3時間40分ほどです。始発がパリで終点がローザンヌという、寝過ごす心配がない安心感。パリとロンドンを結ぶユーロスターのように駅での出入国審査もなく、昨今の世相で顕在化しがちな、国境の壁を感じない列車の旅でした。

IOC本部があるスイス・ローザンヌのレマン湖畔には、五輪のカウントダウン時計がある。取材当日は、東京大会まで「あと1141日」の表示=稲垣康介撮影

IOC臨時理事会では、追加種目は5種目程度と予想されていましたが、15種目も増えることが決まりました。これで東京五輪の実施種目数は、昨夏のリオデジャネイロ五輪から33増の339となりました。


トーマス・バッハ会長は「東京五輪がより若々しく、都会的で、多くの女性が参加する大会になるのをうれしく思う。皆をとりこにする新種目と、昨年決まった5競技は五輪に革新をもたらす」と誇らしげでした。


キーワードは「若者志向」「都会的」「女性」です。


IOCは近年、「男女平等」を促進する専門委員会を立ち上げるなど、スポーツにおける女性の地位向上に熱心です。だから、各競技の国際連盟は「男女の参加比率を半々にする」というIOCの目標に沿うのが採用への近道と考え、今回、男女混合種目の提案が一気に増えたのです。卓球、柔道、トライアスロン、競泳、アーチェリー、陸上などリオデジャネイロ五輪から倍増の18種目になります。

2020年東京五輪の実施種目が決まったIOC臨時理事会の会議直前の和やかな雰囲気=稲垣康介撮影

五輪の主役は若者だと、バッハ会長は言います。一方で、1896年の第1回アテネ大会から、1世紀以上も続く「世界最大の運動会」は、若者の志向にマッチしていない種目もあります。何とか若者の関心を引き寄せたい発想で加わったのが、3人制バスケットボール、自転車のBMXフリースタイルなどです。昨年決まっているスケートボード、スポーツクライミング、サーフィンもこの流れでしょう。冬季五輪で1998年長野大会から採用され、人気種目として成長を遂げたスノーボードのようにうまくいくでしょうか。本当にミレニアル世代(2000年に成人した世代)の心をとらえたいなら、ビデオゲームの採用を考える方が起爆剤になるでしょう。若者の五輪離れがさらに深刻になれば、そうした選択肢も荒唐無稽とは言えません。バッハ会長は昨年、米シリコンバレーでIT企業のトップらと会談し、知見を吸収しています。

五輪の変革を掲げ、IOCが悦に入るのは自由ですが、実際に運営面の準備、経費をかぶるのは東京の大会組織委員会です。これからが大変です。臨時理事会の3日後に開かれた東京の組織委理事会で、森喜朗会長は困惑気味でした。「IOCの発表は、かなり私どもにとりましても突然というものも率直にございました。もちろんこちら側からお願いをしていた件もございました。ただ、IOCはアジェンダ2020で『種目数の上限は約310』と限っていたわけです。なぜ突然、15種目も増えたのかについては、疑問に思っているところです」

1998年長野大会から採用されたスノーボードは、今や冬季五輪に欠かせない人気種目になった=2014年2月、川村直子撮影

森会長は臨時理事会の直前、東京の準備状況を統括するIOCのジョン・コーツ調整委員長(IOC副会長)と電話会談をしたようです。私が臨時理事会の冒頭の写真撮影の時間を終え、会議室を出たところで、難しそうな表情のコーツ氏が携帯電話で話し、IOCのクリストフ・デュビ五輪統括部長が心配そうな表情で見守っているシーンに出くわしました。おそらく、このときが森会長との電話会談だったのでしょう。


東京五輪は種目数で言えば、339種目に膨れあがる史上最大の「肥大化五輪」となります。IOCにしてみれば、開催都市が提案する追加競技として野球・ソフトボール、空手、サーフィン、スケートボード、スポーツクライミングをやりたいといったのは東京側じゃないか、と反論するかもしれません。でも、実態は野球・ソフトボール、空手の採用を熱望する日本側の必死さに乗じ、「若者志向」「都市型」にマッチしたその他の3競技と抱き合わせでの提案をすすめたのはIOCでした。新機軸を次々に打ち出さなければと、IOCは焦っているのです。今回の新種目採用も、その延長線上にあります。


柔道の団体戦、卓球の混合ダブルスなど、日本のメダル種目が増えて万々歳というわけにはいきません。女性アスリートの地位向上に共鳴し、小池百合子都知事が大盤振る舞いで東京都の負担増をのむとも思えません。他の自治体の経費負担を含め、ただでさえ難航している大会組織委と東京都の調整は、今後も紛糾が必至でしょう。

卓球の世界選手権個人戦の混合ダブルスで日本勢は48年ぶりに優勝を果たした=6月3日、前田大輔撮影


(次回は6月30日に掲載予定です)



いながき・こうすけ


朝日新聞欧州総局(ロンドン)駐在のスポーツ担当編集委員。欧州で暮らすのは2001年から4年間のロンドン、アテネ駐在以来。著書に『ダウン・ザ・ライン 錦織圭』(朝日新聞出版)。世界のあらゆる情報が瞬時にインターネットで入手できる時代だからこそ、取材現場の臨場感が伝わるコラムをお届けできたらと思っています。


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