RSS

Webオリジナル

定義なき「テロ等準備罪」

アフリカ研究者 白戸圭一 05

テロ組織と暴力団ひとくくり

 政府は今回の改正案の審議にあたって、「規制対象を組織的犯罪集団に限定したので、一般市民は処罰対象にはならない」と説明している。改正案は規制対象として「テロ組織」と「暴力団などの組織的犯罪集団」を想定し、両者を峻別(しゅんべつ)していない。

 しかし、勘の良い読者なら既に気づいていると思うが、「テロ組織」による暴力と、「暴力団」による暴力は、同じ暴力でも性格が根本的に違う。


 「テロ組織」は、社会に強い恐怖心を与えることを通じて政府などに政治的要求をのませるために、暴力を用いている。社会全体に強い恐怖心を与えるためには、強い衝撃を与える暴力の方が効果的だ。だから「テロ組織」は、子供を含めた市民を爆弾で無差別に殺害するような衝撃的な暴力を好むのである。

 これに対し、一般に暴力団による暴力は、政治的意図に基づいたものではない。彼らの関心事は政治的主張ではなく、組織の維持と拡大だ。そのための資金獲得や組織防衛の過程で暴力をふるうのであって、政府などに何かを要求しているわけではない。

 だから、「テロ組織」が子供を多数殺害することはあっても、暴力団が子供を無差別に殺すことは基本的にない。子供は暴力団の資金獲得や組織防衛の過程には登場しない存在であり、暴力団にとって殺害する理由がないのである。

 このように、全く性格の異なる「テロ組織」と「暴力団」を「組織的犯罪集団」として一括りにし、両者の暴力の特質に関する違いを無視して対策を講じようとしているところに、私はこの改正案の付け焼き刃的な性格を感じざるを得ないのである。


法の論理が破綻

 「テロ」の定義が不明確ならば、どのような属性を備えた組織や個人が「テロリスト」なのか確定することができないので、テロの未然防止に向けた監視対象者の特定もできないだろう。「テロとは何か」を定義しないまま、テロ等準備罪の新設を付け焼き刃的に盛り込んだことによって、この改正案は法律としての論理体系が破綻(はたん)してしまったように思う。

 「テロとは政治的意図に基づいた暴力である」と明確に定義していれば、「嫌な上司をぶん殴る計画を立てた社員たちが処罰対象になるか」といったバカバカしい議論はしなくて済むだろう。嫌な上司を殴る計画に、政治的意図などないからだ。

 政府は「テロ対策のための法案」などと強弁せずに、「監視によってより幅広く犯罪を取り締まりたいので、強い監視権限を捜査機関に与えてほしいが、それでもよいか」と正直に国民に問うしかないのではないだろうか。





白戸圭一(しらと・けいいち)

三井物産戦略研究所中東アフリカ室主席研究員。毎日新聞社でヨハネスブルク、ワシントン両特派員などを歴任。2014年より現職。著書に『ルポ 資源大陸アフリカ』(東洋経済新報社、日本ジャーナリスト会議賞受賞)など。京都大学アフリカ地域研究資料センター特任准教授兼任。

この記事をすすめる 編集部へのご意見ご感想

  
ソーシャルブックマーク
このエントリーをはてなブックマークに追加

Back number | バックナンバー

アフリカ@世界 白戸圭一 「身近な隣人」が暴力の担い手になる時

アフリカ@世界 白戸圭一
「身近な隣人」が暴力の担い手になる時

アフリカ@世界 白戸圭一 テロは日本の脅威になるのか

アフリカ@世界 白戸圭一
テロは日本の脅威になるのか

アフリカ@世界 白戸圭一 北朝鮮は本当に孤立しているのか

アフリカ@世界 白戸圭一
北朝鮮は本当に孤立しているのか

Popular article | 人気記事

さらに記事を見る
Facabookでのコメント

朝日新聞ご購読のお申し込みはこちら

Information | 履歴・総合ガイド・購読のお申込み

Editor's Note | 編集長から

PC版表示 | スマホ版表示