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定義なき「テロ等準備罪」

アフリカ研究者 白戸圭一 05

米国内でも異なる定義

 「テロ」という用語は元々、フランス革命期のジャコバン党による恐怖政治を指す言葉として使われ始めた。つまりテロとは、敵対者を粛清する国家権力による暴力のことだった。

 ところが、19世紀以降は、テロという用語は、国家権力の打倒を目指す反体制派による武力攻撃の文脈で使われることが多くなった。

 だが、この文脈でも、何が「テロ」なのかは難しい問題である。例えば、パレスチナ人組織の武装闘争は、イスラエル政府にとっては「テロ」であっても、パレスチナの側にとっては正当な抵抗とされている現実がある。同じ暴力であっても、見る人の政治的立場によって、「テロ」にも正当防衛にもなり得るのだ。


 「テロ」を定義することの難しさは、世界で最もテロ対策に熱心な米国においてさえ、国務省と国防総省でテロの定義が異なっている現実に端的に表れている。両省の「テロ」の定義を下記に見てみよう。

 「準国家団体または機密を有する主体によって、非戦闘目標に対して行使される、政治的動機に基づく計画的な暴力」(米国務省が発行しているCountry Report on Terrorismより)

 「宗教的、政治的、理念的な動機に基づく違法な暴力行使、または暴力的威嚇であり、通常は政治的な目標の追求のために、政府または社会に恐怖心を与えたり強要するために行使される」(米国防総省発行のDictionary of Military and associated termsより)

 このように、法的にも学問的にもテロに関する統一された定義が存在しない以上、テロ等準備罪を新設したいのならば、なおさらのこと政府は法律で「テロとは何か」について責任をもって定義しなければならない。


根拠は「政治的意図」

 「テロ」を定義するうえで参考になるのは、既存の様々な定義の共通点だ。①日本の特定秘密保護法、②米国務省、③米国防総省───の三つの定義を並べてみると、そこには「おおむね共通していること」を見つけ出すことができる。それは、テロとは単なる「組織的な犯罪集団による暴力」ではなく、「政治的意図に基づいた暴力」という点だ。

 特定秘密保護法は「政治上その他の主義主張」、米国務省は「政治的動機」、米国防総省は「政治的、宗教的、理念的動機に基づく」と表現は様々だが、「政治的意図に基づいた暴力」という点は共通している。安全保障に関する学問の世界でも、この点についてはおおむね共通理解となっている。


2016年7月、バングラデシュの首都ダッカで日本人7人が殺害された
同月、神奈川県相模原市の障害者施設では46人が殺傷された

 一つの例を挙げて考えてみたい。16年7月1日、バングラデシュの首都ダッカのレストランで日本の援助関係者7人がイスラム武装組織に殺害される事件が発生した。この事件が「テロ」として報道されたことは周知の通りである。

 一方、それから1カ月も経たない7月26日未明、神奈川県相模原市の障害者施設で、入所者19人が施設の元職員に殺害される事件があった。マスメディアはこの事件を「テロ」とは報道しなかったし、日本の社会も一般的には「テロ」として受け止めなかった。


 なぜ、多数の民間人が一度に殺害された状況は同じであるにもかかわらず、バングラデシュの事件は「テロ」であり、神奈川の事件は「テロ」ではないのか。その違いの根拠になっているのが「政治的意図」である。

 同じ大量殺人であっても、イスラム武装組織による攻撃は「イスラム国家建設」や「反米・反西洋」といった政治的主張に根差した暴力だと考えられる。これに対し、神奈川の事件は、「障害者はこの世にいない方がよい」などと主張する加害者のゆがんだ世界観に基づいたものであり、政治性のない犯行と解釈できる。メディアがテロの定義を明確に意識して二つの事件を区別して報道したかは少々怪しいが、二つの事件を分けているのは、政治的意図を持った暴力か否かという基準である。


(次ページへ続く)

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