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中国返還以来の監督復帰、サモ・ハンと考えた香港映画~『おじいちゃんはデブゴン』

インタビューに答えるサモ・ハン=山本和生撮影



シネマニア・リポート Cinemania Report [#48] 藤えりか




香港返還後、すっかり監督業から身を引いていた「デブゴン」が、ほぼ20年ぶりに帰ってきた。サモ・ハン・キンポー改めサモ・ハン(65)が主演・監督・アクション監督も務めた中国・香港映画『おじいちゃんはデブゴン』(原題: 我的特工爺爺/英題: The Bodyguard)(2016年)が27日に公開。6月10日には、サモ・ハンがアクション監督の『コール・オブ・ヒーローズ 武勇伝』(原題: 危城/英題: Call of Heroes)(2016年)も公開される。来日したサモ・ハンにインタビューした。

© 2016 Irresistible Alpha Limited,Edko Films Limited,Focus Films Limited,Good Friends Entertainment Sdn Bhd. All Rights Reserved.

サモ・ハンが演じるのは、かつて中央警衛局で中国共産党の要人警護にあたっていたディン。引退して物忘れが激しくなるなか、ロシア国境に近い中国北東部の故郷の村でひとり暮らし、隣に住む少女チュンファ(ジャクリーン・チャン、13)との心の触れ合いを生きがいとしてきた。そんななか、定職にも就かずギャンブルで借金を背負うチュンファの父レイ・ジンガウ(アンディ・ラウ、55)が中国マフィア、チョイ(フォン・ジャーイー、47)らに追われる身となり、ロシア・マフィアも中国に乗り込む展開に。巻き込まれたチュンファは誘拐されそうになるが、ディンが持ち前のカンフー技でマフィアを次々と撃退。だがついにチュンファの行方がわからなくなり、孫娘を失った過去をもつディンは決死の思いで探しに出る。サモ・ハン映画の常連だった弟分ユン・ピョウ(59)もちょっぴりゲスト出演して久々に共演。『インファナル・アフェア』シリーズなど香港ノワールもので人気を博してきたアンディは製作陣にも加わり、主題歌も歌っている。


サモ・ハンと聞いて香港映画の黄金時代を懐かしむ方には講釈など無用だが、そうでない方のために少々ご説明を。香港で生まれ、10歳で入った中国戯劇学院で、ジャッキー・チェン(63)やユン・ピョウらとともに京劇やカンフーを学ぶ。折しもカンフー映画が盛り上がる香港で、スタントマンや子役として映画出演を重ね、かの故ブルース・リーの米・香港合作『燃えよドラゴン』(1973年)にも出演、太った体格ながらキレのあるアクションで話題となる。ブルース夭折後にカンフー映画ブームは一時陰りを見せるが、ブルースへのオマージュとしてサモ・ハンは『燃えよデブゴン』(1978年)を監督・主演。コミカルな『スネーキーモンキー 蛇拳』(1978年)や『ドランクモンキー 酔拳』(1978年)でカンフー映画に新風を送り込んだ盟友ジャッキーとも共演を重ね、一大ブームを巻き起こしてゆく。サモ・ハン監督・主演の『五福星』(1983年)をはじめとする『福星』シリーズや、ジャッキー監督・主演の『プロジェクトA』(1983年)、サモ・ハンが監督しジャッキーが主演した『スパルタンX』(1984年)は日本でも大ヒット、ユン・ピョウを交えたトリオ共演で香港映画の人気を牽引した。

サモ・ハン=山本和生撮影

その後、ハリウッドでも香港のカンフーアクションを取り入れた作品が増え、サモ・ハンもアクション指導者として招かれるように。さらに、米CBSドラマ『L.A.大捜査線 マーシャル・ロー』(1998~2000年)に主演もした。だが次第に、香港では日本公開に至るようなヒット作品への出演は減ってゆく。主演し監督もする作品は、1995年公開の『死角都市・香港』以来なくなっていた。監督業自体も、香港の中国返還を控えた1997年公開のジャッキー主演『ナイスガイ』やジェット・リー(54)主演『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ&アメリカ 天地風雲』を最後に遠ざかっていた。


その意味で約20年ぶりの復帰となったサモ・ハンは、インタビューで語った。「ハリウッドもインドネシアもタイも、世界のアクション映画は香港をまねて作られた。香港の昔の映画を見てアクションスターになった俳優もいる。それが今や香港の映画界は落ち込んでしまい、そうした(参考にされるような)作品が出てこなくなった」


かつて黄金時代の香港映画に親しみ楽しんだ私としても、この現状はさびしい。なぜそうなったのでしょう? サモ・ハンは答えた。「香港は一時、猫も杓子も映画を撮るようになった時期があった。結果、いい映画も悪い映画も入り乱れて公開され、見る人が減っていった。また、香港映画は常に前へ前へと進んで発展してきたが、そのスピードが速すぎて、その間に時代が変わって別のものに取って代わられたところがある。それも、香港映画がダメになった要因かもしれない」

アンディ・ラウ(右)とサモ・ハン © 2016 Irresistible Alpha Limited,Edko Films Limited,Focus Films Limited,Good Friends Entertainment Sdn Bhd. All Rights Reserved.

さびしくなったのはアクション映画だけではない。アンディがよく登場した香港ノワール映画も、『恋する惑星』(1994年)や『花様年華』(2000年)などで知られるウォン・カーウァイ監督(58)のスタイリッシュな世界も、なかなか見られなくなった。「香港の映画市場は残念ながら小さくなり、香港映画にお金を出す人が減ってきた。それが悪循環になって低予算で作られるものが増え、国際市場でたたかえる作品が出てこない。これが現状ですね」



(次ページへ続く)

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