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クルド人難民キャンプで見つけた美容院

フォトジャーナリスト 林典子 #04

photo:Hayashi Noriko



日没が近づき、空の青さが深みを増してきた。腕を組んだふたりの少女が大きな声で楽しげに話ながら、私の横を通り過ぎた。左右に並ぶテントの真ん中を軽やかに歩いて行く。

ここは、イラク北部クルド人自治区の都市エルビル郊外にある難民キャンプだ。少女たちの後を追うように、私も奥へ進んでいった。

ふたりは10分ほど歩いた所でピタリと立ち止まり、ブルーシートで覆われたテントに入った。一見、難民たちが暮らすごく普通のテントだ。外で立ち止まっていると、ひとりの女性が出てきた。「Hello」と英語で話しかけ、手招きしている。

テントに入ると、シートの壁に斬新なスタイルのヘアカタログのポスターが貼ってある。「このなかのヘアスタイルだったら、全部簡単にセットできますよ」と、その女性が和やかに言った。

ここは難民キャンプにオープンした仮設の美容院だったのだ。

ソリンとシランの髪をセットするナリン(黒い服)
photo:Hayashi Noriko


私がこの難民キャンプを訪れたのは、2015年6月だった。

私を手招きしてくれた女性は、シリア出身のクルド人ナリン(21)。5年前、シリア北東部の故郷の村が爆撃され、家族とともに国境を超えてイラクにやってきたという。

当時はまだダーシュ(イスラム国)の勢力が拡大する前で、イラク国内の治安は今よりは安定していた。以来、この難民キャンプに住み続け、家族と暮らすテントの隣にスペースを借りて美容院を作った。

ナリンは故郷の村で15歳の時から美容師として働いていた。

「先の見えない不安な生活の中でも、女性にはオシャレをして、ささやかな喜びを感じてほしいんです」

ここではヘアメイクのほか、パーティ用ドレスやウエディングドレスの貸し出しまでしている。一着のドレスのレンタル料は約1500円。時々無料でメイクやドレスレンタルのサービスをすることもある。

室内の壁にはたくさんのドレスが掛けられている。キャンプでの暮らしが長くなり、ここで結婚パーティを開く難民が増えてきたという。

ナリンの美容院に貸し出し用として置いてあるウエディングドレス
photo:Hayashi Noriko


11年3月に始まったシリア内戦。これまでに47万人以上の死者を出し、国外へ逃れた難民の数は国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が把握しているだけで480万人以上。その9割以上は、トルコ、レバノン、ヨルダンなどの周辺国にとどまっているという。 イラクには現在、約25万人のシリア難民が暮らしている。

難民キャンプを颯爽と歩いていたふたりは、キャンプで暮らす15歳のソリンとシランだった。親戚の結婚式に招かれ、ドレスのレンタルとメイクをするためにここにやってきたのだという。

「いつになったらキャンプでの生活が終わるの……」

時々不安になるというが、この日だけは特別だったようだ。

ヘアメイクを終える頃には、すっかり大人っぽい表情になった。先にヘアメイクを終えたソリンが、近くにあった白いウエディングドレスを指差し、「ねえナリン、このドレス少しの間だけ試着してみてもいい?」と弾んだ声で尋ねた。

1時間後、パーティ用のドレスに着替え美容院を後にするふたりの生き生きとした姿が、今も私の目に焼き付いている。

アイメイクをしてもらうソリン
photo:Hayashi Noriko

(次回は6月7日に掲載する予定です)




はやし・のりこ

1983年、神奈川県川崎市生まれ。2006年から西アフリカ・ガンビア共和国の現地紙で写真を撮り始める。「メディアが取り上げない場所で暮らす、一人ひとりの想いや問題を伝えたい」と、硫酸で顔を焼かれたパキスタンの女性、HIVに母子感染したカンボジアの少年、誘拐結婚させられたキルギスの少女などを写真に収めてきた。著書に『フォト・ドキュメンタリー 人間の尊厳-いま、この世界の片隅で』、写真集『キルギスの誘拐結婚』がある。16年12月に写真集『ヤズディの祈り』(赤々舎)を出版。ホームページはこちら(http://norikohayashi.jp)



林典子 #1 ガンビア人記者、ジャスティスとの再会

林典子 #2 米国へ渡ったヤズディの「家族会議」

林典子 #3 トルクメン人の村での思いがけない休暇



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