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人らしく生きる街 アーティスト 栗林隆 #03




今回のトリップミュージアム、場所は今私が居を移しているインドネシア、ジョグジャカルタである。


ジョグジャカルタというと、多くの人が、「あぁ、ジャカルタね」というのだが、ジョグジャカルタはジャカルタから飛行機でも1時間15分ほどかかり、同じジャワ島に位置するが、全く異なる都市である。どう異なるか?というと、ジャカルタを東京に例えると、ジョグジャカルタは京都、もしくは奈良みたいなところである。いわゆる「古都」である。実はこのジョグジャカルタ、王宮が存在し、今なお王様が住んでいる特別区なのだ。


また、北にはボルブドール、東にプランバナンという、仏教とヒンドゥーの代表的寺院が存在し、二つとも世界遺産に認定されている。城下町のような街並みが王宮をぐるりと囲み、それを囲うように城壁が張り巡らされていて、城壁外にも街並みが続き、道は碁盤の目のように作られている。

まさに「古都」然とした街並みなのである。


さて、そんなジョグジャカルタなのであるが、私は2013年からこの街に住んでいる。なぜ、この街を選んだのか? よくその問いをされるのだが、理由ははっきり言ってよく分からない。そんなに理由はないのである(笑)。


強いて言えば、導かれた、ということだろうか。本当に予期もせず、また興味も持たず、導かれるままこの街に来、そして住むことを決断した。

ジョグジャカルタから3時間ほど車で走ると、パチタンという街に着く。ここの自然、波は素晴らしい


この歳になってくると、経験上、いろいろなことが分かってくる。それは、タイミング、という言葉でも表せるし、偶然ということでもあるのかもしれない。しかし、私としては、必然、ということの方が当てはまり、この必然性は全ての自然の流れにつながっているのだと思っている。


少し宗教的な話になるかもしれないが、もともと日本人には、この宗教的な感覚や思考、文化が、長い時間をかけ身体に染みつき、当然のように信じられてきた。戦後日本において、この部分の切り離しが行われたため、今なお日本人は無宗教と勘違いしている人たちが多いが、我々日本人の生活は宗教と切っても切り離せないものである。宗教=悪のような感覚に教育されて来てしまった新しい世代、もちろん我々世代もそうであるが、実は日本人が、世界でも有数の非常に信仰深い民族であることは、今さら私がここで話すことでもあるまい。また日本人特有の独特な宗教感覚とは、仏教的なものから儒教、そして西洋の宗教まで、ありとあらゆる宗教の良いところを集めてできた、一神教にはない特殊なものである。


単に神道、というものではなく、島国の土地柄もあってなのか、非常に時間をかけ、慎重にアレンジされたものである。宗教とは少し違うが、その代表的な事例に日本語がある。普段我々が普通に使用している言葉、実は、長い時間をかけて作り上げられてきた経緯がある。古来日本人は、文字をすぐには使用せず、語り継ぐことを重要視した。あまり文字などを信用せず、長い間、会話だけの時代が続いていたらしい。単純に大陸から来た漢語をそのまま利用するのではなく、土地に合った言葉、文字を作り上げてきた文化がある。


またもや話が逸れてしまった……。


話を戻そう。なぜ、ジョグジャカルタなのか、である。


私は、ある時から、物事を無理に起こそうとか、動かそうとすることをしなくなった。自分がどうするべきか決まっているかのような感覚、タイミングや流れに抵抗したり、強引に物事を決めていくことをやらなくなった。


どういった流れであろうと、どんな問題が発生しようと、結果それら全てが良くなること、丸く収まることを、経験を通し知ってしまったからである。


もちろん、人間的にできているわけでもなく、まだまだ若輩で中途半端な自分であるが、この感覚には自信を持っている。


その感覚が、私をインドネシアに向かわせ、そして今、ここに住まわせているのである。来たことも聞いたことも、興味を持ったこともないジョグジャカルタに、今、自分が本当に来て良かったと思っているし、やはり間違いなかったと確信しているのが、事実その理由でもある。


朝起きて、桶にためた水を頭からかぶり、猫たちに餌をやり外に出ると、自然と人々の生活の音が程よく身体に入り込んでくる。


言い忘れていたが、インドネシアは80%以上の人々がイスラム教信者であり、ここジョグジャカルタもほとんどイスラム教徒が占める土地である。


礼拝を知らせるために、1日5回流れるアザーンの掛け声は、この国の空気を象徴しており、人々が自らの信仰に誇りを持ち、大切なコミュニティーを築いていることが伝わって来る。どこかの国々が作り上げた、イスラム教というイメージとは程遠い、寛容で温かい人々が、本来イスラムの人たちなのである。


バイクでスタジオに向かう道のりに、いつも幸福感を持つ自分に、何がこんなに違うのだろう、といつも想いを馳せてしまう。


この国では、人々が、いや、人々だけではなく、動物や植物、そしてそこに立つ建物や、問題になっているゴミまでもが、なにか生き生きと存在しているかのようなのである。


現代社会の中で存在する多くの課題や問題をこの国も多く抱えている、ネガティブなことを考えれば、数え切れないぐらい存在する多くの問題をさし引いたとしても、ここインドネシア、ジョグジャカルタには人間の本来のエネルギーが存在するのである。


それはなんなのだろう。


小さいころ田舎の長崎で、毎日山や川で遊び、海に潜りアワビやサザエを取ったりと、自然と関係を持っている時に、多くの生命からの暖かい視線を感じていた。自分は何かに守られているのだ、という安心感があったことをよく覚えている。それは、監視されている、というものではなく、そこには自然環境やきちんとしたコミュニティーが存在し、生き物たちが周りを取り囲み、そこに生と死というものを身近に感じさせる世界があった。


リアルな世界なのである。


今、日本や多くの国ではバーチャルな世界が進み、人々がリアリティーを勘違いし始めている。お金という、まさにバーチャルなものに振り回され、それがまるで一番大切なものであるかのように思い込まされ、そこから逃れられずに生きている。世の中のメディアが不安を食い物にしだしていることも大きな問題である。


せめて希望や喜びを商売にして欲しいものだ。


インドネシアという国の平均年齢が27歳前後であるということも、確かに国の希望と未来を感じさせているのかもしれない。しかし、日本の少子化や高齢化の問題は、まさにこの不安や恐怖を食い物にしている人たちが産み出した結果であり、社会保障などの話ではないのである。


ジョグジャカルタで感じる幸福感は、たぶんそこにあるのではないだろうか。


人々は不安にかられ生きているのではなく、希望にあふれ生きているのである。


それが街中にあふれ、自然や動物たちにも繋がり、私に伝わって来るのであろう。

ジョグジャカルタでの我が家。周りは緑に囲まれている。家の中には、マンゴー、パパイヤ、ランプータンの木が生え、美味しい果物を提供してくれる


独り者が朝ごはんを食べようとすると、コンビニしかない日本。


身近な地元の野菜や食べ物を利用して作られる、ありとあらゆる名もなき食べ物たち。自分の身になり、血になる感覚を感じながら生きるこの街は、人間の本来の姿があるべくしてあるところなのである。


私の知っている古い日本も、同じような空気に満ち溢れていたのを覚えている。心を豊かにしてこそ、本来のアート、素晴らしい作品が出来上がるのではないのだろうか。ジョグジャカルタになぜアーティスト達が集まるのかも、わかるような気がする。


家族が人を豊かにし、村が家族を豊かにする、豊かな村々が街を豊かにし、その土地、最後には国を豊かにする。


その逆もまた然り。


今の日本はどこに向かっているのだろう。


帰ってくるたびに、嬉しさと悲しさが混じる、今日この頃なのである。



(次回は5月26日に掲載する予定です)




くりばやし・たかし

1968年生まれ、長崎県出身。武蔵野美術大学卒、ドイツ・クンストアカデミーデュッセルドルフ修了(マイスターシューラー)。2006年シンガポール・ビエンナーレ参加、2010年森美術館「ネイチャーセンス」展、2012年十和田市現代美術館で個展。6月4日から始まる北アルプス国際芸術祭(長野)に参加予定。インドネシア在住。takashi kuribayashi




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