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大地を感じ、太陽を見ろ アーティスト 栗林隆 #02




世の中がギスギスしだしている今日この頃、気分を変えて、連載二回目の今回は、自然との関係の話をしようと思う。


一回目の原稿を書いた大都市、香港を後にした私は、タイのプーケットから1時間ほどのカオラックという街にいる。アンダマン海に面した、タクアパー郡の南に位置する小さな街である。この土地を有名にしたのは、2004年に起きた、スマトラ沖地震で、タイでは一番の被害を受けた街だ。


今日お話しする、古くからの仲間がやっているダイビングショップでも、津波が来た時にスタッフは船で海に出ており、お客さんとともにあの大災害を経験している。


当時、私は日本にいながら、現地と連絡を取り合い、外務省や日本のメディア、行方不明の親族の人たちとやり取りをしたのを覚えている。

自然の脅威を目の当たりにした出来事の一つでもあった。


さて、そのカオラックである。

今回、私がここに来た目的はいうまでもなく、そのダイビングショップの仲間とダイビングをすることであった。


といっても、お客さんとしてではなく、引率するスタッフとして、4泊5日のクルーズ船に乗るのである。

アンダマン海の水中世界はまるで美術館である


ダイビングの話をする前に、少し昔話をしたい。


1992年。まだ20代半ばの私は、日本の美大を卒業した後、世界をこの目で見て、体験し、実感するために、単身ドイツに渡り、留学生活を始めた。当時はインターネットなどなく、すべてが手探りで、一方で、すべてが真新しく、不安と希望が交差する毎日を経験していた。


そんなドイツでの生活も2~3年が過ぎた頃、私は無性に海を求め出したのである。長崎の海と山に囲まれて育った田舎育ちの私にとって、海がほとんどないドイツという国で感じるストレスからくる、それこそ自然な欲求でもあった。


ある時、4年ぶりに家族で集まろうという話が突然持ち上がり、なぜかタイのバンコクに集合、ということになった。私の家族の職業や構成が風変わりなことも原因ではあるが、当時、姉がネパールに住んでいたこともあり、真ん中を取って、タイで会おうということになったらしい。


しかし、ドイツにいる自分にとって、バンコクは全然真ん中でもなく、ただの遠いアジアの国である。チケット代も高いし、離れすぎている。そう思ったものの、暖かく、海のあるタイランドの誘惑に簡単に心は動かされ、寒い冬のドイツから逃げ出すことを決めたのである。


ところが、タイに到着した我々を待っていたのは、あの気だるく蒸し暑いクーラーの中にいるしかない大都会であった。バンコクという都会にあっさりと負け、南国のプーケットにとっとと逃げることとなったのも、ごく自然な流れであった。

アンダマン海の水の色、この透明度が浮遊感を与えてくれる。

自分の歴史や記録は、どのように作られていくのであろう。


映画とかでよく見られる、すれ違いや偶然のきっかけ。それはすでに私たちの身に十分起きている。今まで出会った人たちは、偶然のように見えて、必然的に出会うようにできている。そんな不思議な世界こそ、私たちが生きている場所である。


思いつきの家族旅行がきっかけで、プーケットに通うこととなり、今なおカオラックに通い、年に一度はダイビング船に乗り、ガイドやアシストという名を借りて、大海原に自分の体を浮遊させる日々を手にしているのは、あの偶然の様に見える行きあたりばったりの家族旅行があったからなのである。


私の文章は、いつも横道にそれてしまう癖がある。そう、今回は自然の話だった…。話を本題に戻そう。


自然は、私の作品のテーマや素材としても多用されるものである。どうして自然が作品の中に出てくるのかというと、やはりそれは幼少期の体験が元となっている。


ドイツに渡った頃、毎日大学にかよい、世界的にも有名なアーティストであり教授でもある人々に、つたない英語で質問をしては追い返され、「日本に帰れ」と言われ続けたつらい時代があった。その時、彼らが必ずといっていいほど言った言葉がある。


「お前は誰だ? お前の作品には興味がない。お前はいったい誰だ!」


当時、私にはこの言葉の意味がよく理解できず、差別的な意味としかとらえていなかった。それでなくても怖い顔したおじさんやおばさんが、頭の上からドイツ語や英語でまくしたてるのである。ビビって逃げ出したくなるのもわかるだろう。


しかし、この言葉は今でも私の中心にあり、私をアーティストとして支え続けてくれている。


「お前は誰だ」


また話がそれたように聞こえるかもしれないが、ここから、私と自然との関係の話になってくる。

ドイツでの生活は、家とスタジオを行ったり来たりするだけの単純な生活が続いていた。ネットもない時代、とにかく真っ白な画面を目の前に、お前は誰だ、お前は誰だ、と自問自答したのを覚えている。


自分を顧みることは、とても大事なことである。それは、過去を見る、ということではなく、自分の根源を探ることでもある。私はその作業において自分の奥深いところに、自然との関係があることに行きついたのである。


長崎の平戸瀬戸を望む自然の中で育った私は、朝から夜まで、ずーっと山や川、海で遊んでいたことを覚えている。当時は木製の艪漕ぎの船がたくさんあり、その船で沖に出ては泳いだり釣りをしたり、周りに寄ってくるイルカ達とたわむれたりもしていた。一番大切なことは、その自然から何を学んでいたかということである。海でおぼれたり、崖から落ちたり、いろいろと危険な体験もし、自然の怖さ、人は簡単に死ぬのだという事実への恐怖を学んだのも大切であったが、いちばん自分が感覚的に学んでいたことは、自分も自然の一部なのである、ということであった。

実家の窓から見る景色。自然から学んだものは多い。

小さい頃、その感覚はごく当たり前のことだった。高校を卒業して東京に出てきて、コンクリートジャングルにも慣れたころ、絵を描くことやものを作るスキルを身につけて、意気揚々と海外へ出て行った。自分が自然の一部であるという感覚をほぼなくしていた頃である。


そこで突きつけられたのが、身につけたテクニックや作品には興味がない、お前は一体誰だ、という禅問答のような質問だったのである。


私たちは、自然に触れ、学ぶことを怠ってはいけない。もちろん、自然を楽しんだり、美しいと思ったりする心は持ち続けるべきである。しかし、いちばん大事なことは、自然に対する恐れや恐怖、そして畏敬の念を持ちながら、自分も自然の一部だと確認することなのである。


私が毎年、タイはカオラックでのダイビングに向かうのは、もちろん長年の大切な仲間と再会するためでもあるが、同じように、水中生物や環境との再会のためでもある。


今回は、ジンベエザメには会えなかったが、ひとり同じところをぐるぐる回る、4mほどのマンタには再会できた。多くのたくさんの魚たちは、今日も元気に、一生懸命生きていた。


私たちは忘れてはいけない。自分たちが自然の一部であることを。自然に触れ、大地を感じ、太陽を見ろ。自分が呼吸をしていることを忘れてはいけない。そのエネルギーが源となり、創造が行われる。


――お前は誰だ! 


いま私は、おれはおれだ!としっかりと言えるのである。



(次回は5月12日に掲載する予定です)




くりばやし・たかし



1968年生まれ、長崎県出身。武蔵野美術大学卒、ドイツ・クンストアカデミーデュッセルドルフ修了(マイスターシューラー)。2006年シンガポール・ビエンナーレ参加、2010年森美術館「ネイチャーセンス」展、2012年十和田市現代美術館で個展。6月4日から始まる北アルプス国際芸術祭(長野)に参加予定。インドネシア在住。 takashi kuribayashi







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