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アメリカが日本を守ってくれる?日米安保条約第5条の〝本当〟/軍事社会学者 北村淳 #1


ところが、日本政府は伝統的に上記の日米安保第5条の規定を「アメリカが日本に対して救援軍を派遣する」といったイメージで解釈しており、現在もそのような手前勝手な解釈を維持している。それどころか、安保条約適用領域——すなわち日本の領土領海ならびに日本が施政権を行使している領域——において軍事衝突や戦争が起きた場合には、アメリカが軍隊を派遣して日本を救援することは〝アメリカの防衛義務〟であるかのように喧伝されている。


日米安保条約の条文には、日米安保条約が発動される事態が起きた場合には「アメリカは救援軍の派遣を含む軍事的行動をもって対処しなければならない」といった文言は全く記されていない。また、『基本姿勢』を繰り返し公言してきたアメリカ政府高官の口からも「救援軍を派遣する」とか「全面的な軍事支援を実施する」といった具体的対処行動については一切語られていない。


「尖閣有事に際してはアメリカが防衛義務を果たしてくれる」という表現は、日本政府やメディアの多くの〝単なる願望〟にすぎないのだ。このことは、日米安保条約第5条と、明文をもって「防衛義務」を規定しているNATO条約第5条とを比較してみれば一目瞭然だ。


NATO条約第5条の場合

NATO軍の合同訓練 (写真提供:NATO)

NATO条約第5条には、「条約締結国(1カ国に対してでも、複数国に対しててでも)に対する武力攻撃は全締結国に対する攻撃と見なし、そのような武力攻撃が発生した場合には、全締結国は北大西洋地域の安全を回復し平和を維持するために必要と認められる、軍事力の使用を含んだ行動を直ちにとって被攻撃国を援助する」といった趣旨の文言により、全ての締約国が「防衛義務」を共有することが明記されている。


たとえば、北極のバレンツ海に浮かぶノルウェー領スヴァールバル諸島に、ロシア系住民保護を口実に(スヴァールバル諸島第二の町バレンツブルクの住民はロシア系が多い)ロシア軍が侵攻を開始したとしよう。


スヴァールバル諸島は多国間の条約(1920年に締結されたスヴァールバル条約、日本も加盟している)によってノルウェー領と定められたという経緯のため、若干特殊な領土の形態をなしているが、ノルウェーによる完全なる施政権下にある。そのスヴァールバル諸島にロシア軍が侵攻したということは、NATO加盟国の施政権下にある領域が軍事攻撃を受けたことを意味するため、全てのNATO加盟国はノルウェーと共にスヴァールバル諸島をロシア侵攻軍から守る「防衛義務」を負うことになる。


ただし「防衛義務」といっても、必ずしも軍隊を派遣することだけを意味しているわけではない。防衛のための反撃に必要な軍事情報の提供や、偵察活動の実施、武器弾薬の支援、医療活動、後方支援活動など幅広い軍事活動が含まれる。いずれにせよ、好むと好まざるとにかかわらず、NATOに加盟している以上は全てのNATO諸国はロシアとの防衛戦に何らかの形で参戦しなければならない。NATO諸国は名実ともに強い絆で結ばれているのだ。

ロシア軍の脅威が高まったためエストニアに展開した米軍(写真提供:米陸軍)

ところが、日米安保条約には、軍事的反撃行動を前提とした「防衛義務」はどこにも明示されていない。したがって、尖閣諸島のような日本の施政権下にある領域で武力攻撃事態が発生した場合には、アメリカ政府は自動的に日本に対して軍事的支援を実施する義務はない。アメリカ政府はアメリカ国内法制にしたがって、どのように対処すべきかを決定することになるのだ。


尖閣諸島が何らかの形で中国によって占領されてしまうという事態を仮定しよう。(米海軍関係戦略家たちの多くは、このような事態は極めて現実的ではなく、宮古島が占領されるシナリオの方が現実味が高いとみている)この場合、「日米安全保障条約第5条」が適用されることになる。ここまではアメリカ側が繰り返し明言している通りである。


日米安保条約が発動されると、(1)アメリカ大統領は日本救援のための軍事行動を実施するかどうかを連邦議会に決定させるか、(2)「戦争権限決議」(日本では「戦争権限法」と呼ばれいるので、以下そのように呼ぶ)に基づいて連邦議会と協調しつつ意思決定するか、あるいは(3)「戦争権限法」の存在にもかかわらず憲法第2条を根拠に大統領権限として自ら決定するか、といった決断をすることになる。


もし、アメリカ大統領が日本に救援軍を可及的速やかに派遣することがアメリカの国益のためにも絶対に必要と考えたならば、連邦議会の議決や連邦議会との調整にはいずれもある程度の時間が必要となるので、大統領が全面的に責任を負うことを前提として大統領命令により日本救援軍を派遣することになる。


ただし、大統領が議会の決議を待たずして日本救援軍を出動させた場合には、連邦議会は「戦争権限法」に基づいて大統領が軍隊を動かしたと類推することになる。そのため、60日以内に軍隊出動に関して連邦議会の承認を得ることができない場合には、30日以内に全軍を撤収させなければならない。したがって、大統領は、連邦議会の事後承認を得られる可能性が極めて低い場合には、日本救援軍の派遣を推し進めるわけにはいかないのだ。


極めてハードルが高い日本への救援軍派遣


日本政府の期待どおりにアメリカ政府が救援軍を派遣する決断をなしたと仮定しよう。この場合においても、アメリカ政府や連邦議会が日本救援軍を派遣するタイミングがいつになるのか?ということを、我々は心しておかなければならない。


「尖閣諸島は日米安保条約第5条の適用範囲であるか否か」ばかりを気にしている——すなわち、当初からアメリカからの強力な援軍を期待している日本政府にとっては、自衛隊が尖閣諸島奪還の軍事行動を開始する初期段階よりアメリカ救援軍が派遣されるというストーリーが自然と頭に浮かんでいるように見受けられる。しかし、現実は違う。


自衛隊が尖閣諸島奪還のための戦闘に突入し、当然のことながら多くの日本人の血が流れるという事態にならないうちから、多数のアメリカ軍将兵の命を危険にさらしてまで、日本防衛のために中国人民解放軍と戦うことは、アメリカ社会では絶対に賛同は得られない。アメリカ政府そしてアメリカ国民にとって「日本の領土を防衛するのは日本人自身である」ことは極めて当然である。自主防衛の意思を欠き、最初からアメリカを頼り切るような国民のために、救援軍を派遣することなど思いもよらないのである。


人民解放軍と戦闘を交える自衛隊が苦境に陥り撃破されつつあるような場合には、アメリカ側にも「同盟国日本を見殺しにはできない」という意見が登場することになるであろう。しかしながら、「日本へ救援軍を派遣し中国人民解放軍と戦闘を交えるということは、米中戦争へ発展しかねないことを意味する」という強い反対意見も登場することは間違いない。そして、いくら「同盟国を救おう」という声が上がったとしても、本格的な米中戦争への突入ともなると、そう簡単には連邦議会の同意を得ることができないことはもちろん、一般市民の支持を集めることも至難の業である、ということは容易に想像がつくところだ。


要するに、尖閣有事に際して、日本政府が期待しているようにスムーズには日本救援軍が送り込まれることはないというのが現実といわざるを得ないのである。


もちろん日本にとっても、このような現実の仕組みは自明の理である。それにもかかわらず「尖閣有事の際にはアメリカが自動的に軍隊を派遣して日本を防衛してくれる」という手前勝手な願望を抱くことは、「尖閣有事などと口にはしているものの、そのような事態は起こりえない」と東シナ海情勢を楽観しているか、はたまた「実際に尖閣有事が起きた場合には、条約や国内法制のハードルはあるであろうが、結局はアメリカ政府がなんとかしてくれる」とアメリカにどっぷりと依存する体質から自立することができず、庇護を当てにしていることだけは確かである。


このような状態では、もし日本周辺有事が勃発した場合に初めて、日本の多くの人々が「アメリカ軍は助けに来てくれないのか?!」という現実を思い知らされることになるであろう。まさに冒頭で紹介した米軍関係者が危惧するように、日米双方にとって不幸な結果になりかねないのだ。


日本政府は「日米安保条約があるからと言って自動的にアメリカが日本へ救援軍を差し向けるわけではない」といった本当のメカニズムを国民に周知徹底させると共に、「アメリカが助けてくれる」あるいは「アメリカは日本防衛義務を果たしてくれる」といった日本側の願望に基づいた解釈ではない「条約の現実」に立脚した防衛戦略を可及的速やかに構築し、国民と国土を守る責務を果たさねばならない。


(次回は5月3日に掲載する予定です)



きたむら・じゅん

1958年東京生まれ。東京学芸大学卒業。警視庁公安部勤務後、1989年に渡米。戦争発生メカニズムの研究によってブリティッシュ・コロンビア大学で博士号(政治社会学)を取得。専攻は軍事社会学・海軍戦略論・国家論。海軍などに対する調査分析など米国で戦略コンサルタントを務める。著書に『アメリカ海兵隊のドクトリン』(芙蓉書房出版)、『写真で見るトモダチ作戦』(並木書房)、『巡航ミサイル1000億円で中国も北朝鮮も怖くない』(講談社)、編著に『海兵隊とオスプレイ』(並木書房)などがある。現在、米ワシントン州在住。




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