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高炉の火が消える―鉄冷えの町アイアンジュ

欧州はどこへ――岐路のフランス大統領選を追う

遠藤乾・北大教授の現地報告(4)

大統領選を前にしたフランスを旅する遠藤乾・北海道大学教授は、ポピュリスト政党「国民戦線」の本拠地エナンボモン、移民の街ルーベを経て、ルクセンブルク国境に近いアイアンジュを訪ねました。地元を支えてきた巨大製鉄所が廃業となり、寂寥感が漂う町に生まれたのは、国民戦線の市政でした。(編集部、本文敬称略)


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それはまるで海底に打ち捨てられた戦艦の残骸のようだった。


アイアンジュの町を支えていたフロランジュ製鉄所=遠藤乾撮影、以下も

フランス北東部モーゼル県のアイアンジュは、ルクセンブルクとドイツとの国境近くに位置する、人口1万5000ほどの小さな町である。ここで、2011年を最後にフロランジュ製鉄工場の高炉から火が消えた。それとともに、この地方を温めていた灯も消えた。代わりに点いたのは、国民戦線(FN)の松明である。


20年ほど続いた社会党の市政を奪ったのは、この地方出身のFN幹部ファビアン・アンジェルマン(38歳)。いまやマリーヌ・ルペンの側近でもあるが、もともとはトロツキスト系団体の活動家だった。この市長アンジェルマンにパリから招聘された広報部長ジョナタン・シャンピオン。まだ29歳のFN活動家である。彼に話を聞いた。


アイアンジュ市のシャンピオン広報部長

シャンピオンは、パリの下町で社会党支持の家庭に育ち、前々回の2007年大統領選では社会党候補のセゴレーヌ・ロワイヤルに、前回の2012年も社会党候補(現大統領)のフランソワ・オランドに票を投じている。14年までには同党に完全に幻滅し、主張が最も妥当と思えたFNに入党し、運動にかかわっていたところ、現市長の目に留まった。もう家族とは政治の話は一切しないという。


彼にとって鍵となるのは「システム」だ。既成政党は、グローバル化・自由化を放置し、ドイツ・モデルのEU支配を許し、移民を無制限に受け入れ、そこにお金を使い、決してフランス人を優先しない、鼻持ちならない既得権益層に映っている。主要政策は、どの既存の政党になっても変わらない。それは強固な支配構造、すなわち「システム」を形成しており、打破すべき対象となる。


大統領選挙の際に、行き過ぎた自由化とドイツ主導の緊縮財政にストップをかけ、フロランジュ製鉄工場を再開させるとほのめかした大統領のオランドは、結局、緊縮経済を続けただけでなく、工場を立て直せなかった。シャンピオンによれば、こうした「裏切り」の連鎖を止め、フランス人を大事にしなければならない。そのためには、EUから離脱し、必要に応じて行う主権国家同士の協力に切り換えるべきだ。移民は制限し、とくにフランスの価値を遵守しないムスリムには帰国してもらわねばならない。その分、フランス人の福祉に資源を振り向けることになる。


この頃までに、私はややFNの主張を聞き飽きていたのかもしれない。そこで、現政権への反対を超えて、ローカルな経済を上向かせる自前の具体策は何かと問うた。すると、経済振興は政府の仕事だとし、市役所にできることは限られるという答え。何でもできるとしたら何をするのかと、さらに食い下がると、大企業から税を取り、それを再分配するという。EUから権限を取り戻し、自由になった国家と地方が(リージョン=地域圏などを介さず)直接にやり取りすることで、協力しながら必要な政策資源を投下できるようにし、共に発展していくイメージのようだ。


政策的に詰められているのか心もとないとしても、失業や停滞の懸念はリアルである。いわゆる「鉄冷えの谷」(国末憲人「(ザ・コラム)鉄冷えの谷 心の格差がもたらすもの」朝日新聞2017年2月23日)にあって、そうした懸念とFNの伸長が見事にマッチングしている。


これは、地理学者クリストフ・ギュリーが『周辺のフランス―いかにして庶民階級を犠牲にしてきたか)』(2015)で述べていることとほぼ軌を一にする。グローバル化に伴う工場移転、移民流入、失業、雇用不安、所得停滞などの現象は、パリやリヨンのようなメトロポールではなく、人口の60%を占める周辺部でひしひしと体感されている。いま起きているのは、その意味で合理的な反乱である。この新手の社会的亀裂を見捨て、忘却してきたことが、現在の政治的なリスクにつながっている。




〈予告編〉 遠藤乾・北大教授の現地報告が始まります

遠藤乾・北大教授の現地報告(1) リヨンに漂う不安

遠藤乾・北大教授の現地報告(2) 若く明るい極右―FNの町エナンボモン

遠藤乾・北大教授の現地報告(3)傷んだ地方都市―ルーベの長い黄昏

北海道大学大学院法学研究科・公共政策大学院教授。専門は国際政治、ヨーロッパ政治。1966年東京生まれ。オックスフォード大学政治学博士。欧州委員会内諮問機関「未来工房」で専門調査員としても勤務し、欧州大学院大学政治社会学部フェルナン・ブローデル上級研究員、パリ政治学院客員教授などを歴任した。現在は朝日新聞論壇委員も務める。著書に『統合の終焉 EUの実像と論理』(岩波書店、読売・吉野作造賞受賞)、『欧州複合危機』(中央公論新社)など、編著に『ヨーロッパ統合史』『原典ヨーロッパ統合史――史料と解説』(いずれも名古屋大学出版会)などがある。



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