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傷んだ地方都市―ルーベの長い黄昏

欧州はどこへ――岐路のフランス大統領選を追う

遠藤乾・北大教授の現地報告(3)

遠藤乾・北海道大学教授は、前回報告したポピュリスト政党「国民戦線」(FN)の本拠地エナンボモンから、さらに北に向かいました。今回は、ベルギー国境に近い移民の街ルーベからの報告です。(編集部、本文敬称略)

地図のリンク先はこちら



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ルーベの街=撮影・遠藤乾氏、以下も

エナンボモンからリールを挟んでさらに北側へ車で45分、ベルギー国境近くのルーベに入ると、街の雰囲気はがらりと変わる。


繊維業で栄え、フランスのマンチェスターと言われた輝かしい過去の栄光を優雅な市庁舎が物語る一方、ここは全仏で最も貧しい町と烙印を押され、人口は19世紀末の最盛期から4分の1ほど減り、9万5千人になった。実に45%もの住民が貧困ラインを下回るなか、犯罪率は全仏平均をはるかに上回る。歩いていて怯えるようなことはないが、かばんを握る手がやや硬くなる。


もう一つの特徴は、北仏でも随一といわれる移民(2世3世)の多さだ。町の中心地で2割くらいだろうか。一見して明らかにムスリムの服装をしている人の割合が増える。


ルーベのカフェと、スカーフを身につけたイスラム教徒の市民

ルーベでは、ごく大まかに言うと、19世紀には産業家が、20世紀には左派が市政を握ってきたのだが、2014年、右派の共和派(当時は国民運動連合)が政権を握った。ここで、市役所でながらく移民の統合に携わった、研究歴もある女性と話し込んだ。40代後半だろうか。仮にマダム・シューとしておこう。左派政権時代には幹部だったが、いまは求められればアドバイスをする程度で、目立たぬように勤務しているという。したがって、写真も取れず、匿名が条件だった。


彼女によれば、ルーベは、産業革命以来ずっと労使協調と紛争、移民受け入れとその困難を生きてきた。19世紀の栄華は、目と鼻の先のベルギーから流入した労働者によって支えられたところが大きい。その劣悪な労働・居住環境は、19世紀末には紛争の種となったが、産業家の意識とともに、少しずつ改善が進んでいった。その際、キリスト者である労働者の尊厳を守るよう説いたローマ法王レオ13世の社会教説「レルム・ノヴァルム」が、かなりの影響を及ぼしたと言われる。戦間期には労使協調は一つのピークを迎え、いまや市民の誇りであるアールデコ調の公営プールをはじめ、さまざまなアメニティの改良がなされた。

ルーベ市庁舎。周囲に見える女性の多くはスカーフをかぶったイスラム教徒

第2次世界大戦後、状況が改善したベルギーに労働者が帰り、かわりに主にアルジェリア系の移民が入ってきた。市政が左派によって握られる中、経営者のトップはリールかパリに移ってしまい、従来の労使協調の推進役を失ったルーベは、再び(移民)労働者にとって過酷な環境の中に放置された。アルジェリア等から移民の家族が呼び寄せられ、さらに移民人口が増える一方、特に住居をめぐる紛争が絶えなかった。これに一定の改善がみられるのは1970年代末になってからだった。


しかしそのころから繊維工場が閉まり始め、80年代を通じて失業が頭をもたげることになる。中産階級は町を出てゆき、下層のアルジェリア系移民(の子たち)と新たにやってきたアルジェリア系、その他マグレブなどの移民とのあいだに争いも散発する。


90年代には移民統合の失敗が明瞭に意識された。2世3世が職にありつけず、出身国とのつながりも希薄になるにつれて、逆にアルジェリア等の現況をロマンティックに理想化する者も出てくる。ギャング団のようなグループが跋扈し、治安も悪化した。21世紀に入ると、そこからイスラーム急進主義に「逃げ込む」者が出てきて、フランスの諸価値を受け付けない集団が現れる。それに対処する政策資源は、貧しいルーベの市当局にはもはや十分には残されていなかった。地方の経済基盤が落ち込む中、パリやリヨンのような大都市にある批判的教養層の存在も希薄だった。移民統合への社会資本は相当に掘り崩されていたのである。

ルーベの街角

そんな状況の下でも、努力は続けられている。公的資金を入れて学校の放課後や休暇時に若者に市民教育を実施し、批判的考察ができるような映画を観せたり、健全な心身の発育を促すスポーツに誘ったり、といった具合である。他にも、労働者に対して、反差別、反暴力、政教分離などを教え、諸宗教に関する講座を提供し、鬱病の診察機会を設けるなど、対策は多岐にわたる。それでも結果は限られている。右派の新市政は企業誘致とコスト削減の方に焦点を合わせており、展望は明るいとは言えない。


2014年の市長選、15年の知事選ともに、決選投票で右派が勝利したが、1回目の投票ではFNがトップを占めた。


地方は傷んでいる。



〈予告編〉 遠藤乾・北大教授の現地報告が始まります

遠藤乾・北大教授の現地報告(1) リヨンに漂う不安

遠藤乾・北大教授の現地報告(2) 若く明るい極右―FNの町エナンボモン



北海道大学大学院法学研究科・公共政策大学院教授。専門は国際政治、ヨーロッパ政治。1966年東京生まれ。オックスフォード大学政治学博士。欧州委員会内諮問機関「未来工房」で専門調査員としても勤務し、欧州大学院大学政治社会学部フェルナン・ブローデル上級研究員、パリ政治学院客員教授などを歴任した。現在は朝日新聞論壇委員も務める。著書に『統合の終焉 EUの実像と論理』(岩波書店、読売・吉野作造賞受賞)、『欧州複合危機』(中央公論新社)など、編著に『ヨーロッパ統合史』『原典ヨーロッパ統合史――史料と解説』(いずれも名古屋大学出版会)などがある。

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