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移民・難民に扉を閉ざす欧州に重ねて~『午後8時の訪問者』

ジャンピエール・ダルデンヌ(右)とリュック・ダルデンヌの兄弟監督=仙波理撮影



シネマニア・リポート Cinemania Report [#42] 藤えりか



ミステリーかと思いきや、中東やアフリカからの移民・難民に扉を閉ざす欧州、そして世界への問題提起が込められていた。カンヌ国際映画祭の常連でベルギーを代表する監督、ダルデンヌ兄弟によるベルギー・仏映画『午後8時の訪問者』(原題: La Fille Inconnue/英題: The Unknown Girl、2016年)が8日公開された。監督・脚本・製作を担った二人の名匠に、東京でインタビューした。


ジャンピエール・ダルデンヌ監督(65)とリュック・ダルデンヌ監督(63)は『ロゼッタ』(1999年)と『ある子供』(2005年)で計2度、カンヌ国際映画祭のパルムドールを受賞。『ロルナの祈り』(2008年)では同脚本賞、『少年と自転車』(2011年)は同グランプリを獲得した。『サンドラの週末』(2014年)では、主演マリオン・コティヤール(41)がアカデミー主演女優賞にノミネートされている。いずれの作品にも通底するのは、真面目に働き、つましい暮らしを送りながらもうまくいかない人たちへの共感だ。


© LES FILMS DU FLEUVE - ARCHIPEL 35 - SAVAGE FILM – FRANCE 2 CINÉMA - VOO et Be tv - RTBF (Télévision belge)


そんな兄弟の最新作『午後8時の訪問者』は、ベルギーの工業地帯リエージュ州セランの若き医師ジェニー(アデル・エネル)が主役。年老いた知人の医師に頼まれて小さな診療所を切り盛りしていたところに、大きな病院への栄転が決まる。歓迎パーティーについての電話を受けていたある日の午後8時過ぎ、診療所の呼び鈴が鳴る。すでに診療時間は過ぎていた。研修医ジュリアン(オリヴィエ・ボノー)は様子を見に行こうとするが、ジェニーは「患者に振り回されないように」と言って無視してしまう。ところが翌日、診療所に近いムーズ川のほとりで身元不明の黒人少女の遺体が見つかり、警察が調べた監視カメラの映像から、彼女が前夜に助けを求めて診療所の呼び鈴を鳴らしたことが分かる。少女が無縁仏として葬られると知り、自責の念に駆られるジェニー。ひとり身元を調べ始めるが、行く先々で迷惑がられ、ついには脅迫まで受ける。

© LES FILMS DU FLEUVE - ARCHIPEL 35 - SAVAGE FILM – FRANCE 2 CINÉMA - VOO et Be tv - RTBF (Télévision belge)

あらすじだけ聞くと、あるいは作品をただ表面的に見ると、ミステリーではないかと思われるかもしれない。だがさすが、ダルデンヌ兄弟。彼らの狙いは、大いなる問題提起にあった。


インタビューの初盤、モデルとなった事件があるのか尋ねる私に、兄のジャンピエール監督は「何か特定の事件があったわけではない。欧州全体の問題を表しているんです」。映画では黒人少女が、アフリカ大陸のある国からやって来た不法滞在者であるらしいことが明らかになっていく。「名前もわからない彼女の遺体は川のほとりで見つかる。医師が扉を開けなかったために、彼女は亡くなる。一方、欧州には今、アフリカや中東から押し寄せる大勢の移民や難民が、上陸する前に地中海でボートごと沈んで亡くなってしまう現状がある。多くの国々が国境を閉ざしてしまっているがゆえに、こうしたことが起きている。そんな移民や難民に重ね合わせ、呼応させる形で今作を作ったんです」。ジャンピエール監督は説明した。


ベルリン国際映画祭で金熊賞のドキュメンタリー『海は燃えている〜イタリア最南端の小さな島〜』(2016年)のジャンフランコ・ロージ監督が、今年1月のインタビューで語った言葉を思い出した。舞台となったイタリアのランペドゥーサ島は、北アフリカに最も近い欧州であり、文字通り命がけで地中海を渡る中東やアフリカからの移民・難民が押し寄せる。一方、住民たちの大半は「難民たちとは遭遇しない『もうひとつの世界』にいる。二つの世界が互いに交わらないこの状況こそが、今の欧州を表すメタファー(隠喩)だ」とロージ監督は話していた。まさに、ジャンピエール監督の言葉と響き合う。詳しくは、「シネマニア・リポート#33」を合わせてご覧いただければと思う。

© LES FILMS DU FLEUVE - ARCHIPEL 35 - SAVAGE FILM – FRANCE 2 CINÉMA - VOO et Be tv - RTBF (Télévision belge)

『午後8時の訪問者』について、ジャンピエール監督はこうも言った。「医師は人の命を救うことが期待される職業。なのに、扉を開けなかったがためにある人が死んでしまった。その責任を感じさせる設定にしようと考えた」


ジェニーはあくまで医師だ。なのに責任感に駆られ、刑事の捜査に任せることなく、少女の身元を粘り強く探っていく。そこには、欧州の移民・難民問題を政府に委ねるのではなく、個々人も責務を負うべきだというメッセージが込められているのだろうか。水を向けると、弟のリュック監督はうなずいた。「移民・難民が命を落としていることについては、誰しも責任がある。欧州だけでなく、日本も含めた世界に向けて言いたいことだ。今は他の人を恐れたり、憎しみを感じたり、無関心になって自分のことしか考えなくなったりする人が増え、それがポピュリズムや極右の台頭にもつながっている。苦しんでいる人たちなどまるで存在していないかのように振る舞う人が目立つ。こうした今の風潮は多くの国に共通しているけれど、扉を叩いた外国人がいれば、無視することなく扉を開けるべきではないでしょうか」

ジャンピエール・ダルデンヌ(右)とリュック・ダルデンヌ。息の合った兄弟監督らしく、質問に答える際の身ぶりや表情はほぼ常にシンクロしていた=仙波理撮影

舞台となったセランをはじめとするリエージュ州は、ダルデンヌ兄弟作品のロケ地としてはおなじみの地域。兄弟ともリエージュ州近郊で生まれ、セランを行き来しながら育った。かつては工場地帯として栄えたセランだが、「ショックを受けるほど大きく変わった」とリュック監督は言う。「人口は大きく減り、駅や商店がなくなり、不法労働者をあっせんする人や失業者が増え、貧困の問題が出てきた。だからこそ、ここで映画を作るのです」


労働者たちへの共感は、ダルデンヌ兄弟の原点だ。若い頃、労働者団地に住み込んで原子力発電所で働いた。そこで稼いだ資金で映画製作に必要な機材を買い、1974年からドキュメンタリー作品を撮り始めた。そうしたバックグラウンドがあるからこそ、常に労働者に寄り添った作品を生み出しているように思う。そう私が言うと、ジャンピエール監督は「労働者だったのは原発で働いていた時だけではなく、子どもの頃からの日常。私たちは昔から普通に生活している。いわゆる映画界の人間のように特別な世界に生きているわけではないんです」と語った。

笑顔のジャンピエール・ダルデンヌ(右)とリュック・ダルデンヌ=仙波理撮影

次回作について尋ねると、リュック監督は笑ってこう答えた。「残念ですが、言えません。でも少なくとも、セランで撮ることになるかな」。するとジャンピエール監督が「あぁ、もう秘密を言っちゃった。どうせまたセランだ、っていうことはわかったでしょう?」とおどけた。社会への問題意識を長年共有しながら映画を撮り続けてきた兄弟らしい、息の合ったところを垣間見た気がした。



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藤えりか(とう・えりか)

1970年生まれ。経済部や国際報道部などを経て2011~14年にロサンゼルス支局長、ラテンアメリカを含む大統領選から事件にIT、映画界まで取材。映画好きが高じて脚本を学んだことも。現在GLOBE記者。『なぜメリル・ストリープはトランプに嚙みつき、オリバー・ストーンは期待するのか~ハリウッドからアメリカが見える』(幻冬舎新書)が3月30日に発売。ツイッターは@erika_asahi



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