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自閉症の青年が教えてくれる、多様性と可能性~『ぼくと魔法の言葉たち』

© 2016 A&E Television Networks, LLC. All Rights Reserved.




シネマニア・リポート Cinemania Report [#41] 藤えりか



私の親友の娘さんは、重度の自閉症だ。日々の子育てについて彼女から伝え聞くたび、苦労を気づかうばかりだった。でも米国の自閉症の青年の「奇跡」を描いた8日公開のドキュメンタリー『ぼくと魔法の言葉たち』(原題: Life, Animated、2016年)は、そんな一面的な想像を覆してくれる。楽な生き方ではないけれども、多くが「普通」だととらえる世界に多様性と可能性を広げてくれる、そんな20代半ばの青年と家族を撮り続けたロジャー・ロス・ウィリアムズ監督(43)に、東京でインタビューした。

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1991年に生まれたオーウェン・サスカインドは、赤ん坊の頃は元気にはしゃぎ、声を上げて飛び回っていた。ところが3歳を前にして突如、言葉を失った。自閉症とわかり(診断名は広汎性発達障害)、外からはまるで暗闇に閉じこもったかのように見える世界に入り込んでしまう。当時、米紙ウォールストリート・ジャーナルの記者だった父ロン・サスカインド(57)は、元記者の妻コーネリアと何人もの医師を渡り歩き、あの手この手を尽くしたが、オーウェンは口を閉ざしたまま。だが夫妻はある時、オーウェンが、何度も見ているディズニー・アニメ映画のセリフをつぶやいているのに気づく。ロンは意を決し、ディズニー・アニメ映画『アラジン』(1992年)で悪役ジャファーに仕えるオウムの参謀イアーゴの役になりきってオーウェンに話しかけた。すると奇跡が起きるーー。


この「奇跡」を描いた場面は、本当に、涙なしには見られない。


ディズニー・アニメを通して言葉を取り戻しつつも、自閉症とたたかい共存しながら生きてきたオーウェン。そんな彼が成長して恋愛も経験し、2歳上の兄ウォルトにも支えられながら、学生生活を終えて独り立ちするまでを追う今作は、2016年の米サンダンス映画祭で監督賞を受賞。2017年にはアカデミー長編ドキュメンタリー賞にノミネートされた。

ロジャー・ロス・ウィリアムズ監督=仙波理撮影

ウィリアムズ監督は『Music by Prudence (原題)』(2010年)でアカデミー短編ドキュメンタリー賞を受賞、アフリカ系の監督として初のオスカーを手にしたドキュメンタリーの手練れだ。一方、オーウェンの父ロンはウォールストリート・ジャーナルで政治担当の編集委員を務め、1995年にピュリツァー賞も受賞した敏腕ジャーナリスト。2人は15年ほど前にテレビのニュース番組で一緒に仕事して以来、親交を深めてきた。そんななか、ロンがオーウェンとの日々をしたためた著作『ディズニー・セラピー 自閉症のわが子が教えてくれたこと』(原題: Life, Animated: A story of Sidekicks, Heroes, and Autism)を米国で2014年に刊行。読んだウィリアムズ監督は涙し、ドキュメンタリーにしようと決めた。


ウィリアムズ監督は幼い頃のオーウェンに会ったことがあるが、本格的に交流が始まったのは2014年に再会してからだ。それまでは自閉症について「何も知らなかった」という。「でも、それがかえってよかったと思っている。撮影しながら私が学ぶことで、見ている側も学べると思うからだ。映画を通してオーウェンの内面に入り込むにつれ、彼が見ている世界がわかるようになる。そうして自閉症への理解が深まる。これが本当にポイントなんだ」


朝日新聞「GLOBE」3月号では、自閉症の長男がいる太田康夫記者による記事「自閉症を旅する」を特集した。太田記者が取材や自身の子育てを通してつづった自閉症の世界、また自閉症の人たちが持つ可能性などについて合わせてお読みいただければ、今作が紡ぐオーウェンの世界への理解も深まることと思う。


ウィリアムズ監督は、オーウェンの内面をより理解するためにも、彼の心象風景をアニメで表現して今作に盛り込んでいる。元になったのは、オーウェン自身がスケッチブックに描きためていたイラスト。学校でいじめられた経験なども踏まえ、彼がディズニー作品で好きなイアーゴをはじめとした脇役を中心に描いたという。「彼はそうしたキャラクターを絵にするだけでなく、内面の葛藤やいじめっ子も怪物や悪玉として描いていた。私たちはそれをスキャンしてパリのアニメーターに送り、息を吹き込んでもらった」とウィリアムズ監督は解説する。

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先に紹介した親友の娘さんが通う養護学校にも、ディズニー・アニメ『アナと雪の女王』(2013年)のとりこになっている男の子がいるそうだ。また、話すことや歩くことがままならない女の子は、『リトル・マーメイド』(1989年)が大好きだという。「歩けないマーメイドに、自分を重ねているのかもしれない」と親友は言う。


その点について、撮影を通して多くの自閉症の人たちと接してきたウィリアムズ監督に尋ねた。「確かに、ディズニー・アニメに自分を重ねて見る子どもたちはたくさんいる。感情表現を導き、人生についてのシンプルな道案内となっている。でも、必ずしもアニメでなくてもいい。地図がそうした手段となっている例もあった。子どもたちはそれぞれ違うということだね」


2月末のアカデミー賞授賞式にはオーウェンや彼の家族も出席、スター俳優らとともにレッドカーペットを歩いた。ディズニー・アニメから世界が開かれ、映画を通して社会を見つめてきたオーウェンにとって、すばらしいひとときだったことだろう。ウィリアムズ監督によると、オーウェンはレッドカーペットで報道陣に質問され、トランプ米大統領について多く語っていたという。彼はそれまで政治家について語ったことはなかった。「オーウェンいわく、トランプはガストンのようだというんだよ」とウィリアムズ監督。ガストンとは、エマ・ワトソン(26)主演の実写版『美女と野獣』(日本では21日公開)に登場する悪役だ。1991年版のアニメ版もそうだったが、ガストンは終盤、見た目が「普通」と異なる野獣への恐怖や不安をあおり、村人を暴徒化させる。そのさまは、トランプが中東・アフリカ6カ国出身者を米国から締め出す大統領令に固執し、それに便乗したヘイトクライムや中傷などが横行している米国の現状と重なっているようにも見える。オーウェンはディズニー・アニメを通して、社会を見据えているのかもしれない。


ウィリアムズ監督はさらに言う。「トランプは医療保険改革(オバマケア)撤廃を掲げている。自閉症の子どもたちにとって切実なサービスをカバーするのに必要なのに。彼がやろうとしていることは問題で、心配だ」。オバマケアの廃止法案は3月、共和党内の反発で頓挫したが、米メディアによると、トランプ本人はあきらめていない。

ロジャー・ロス・ウィリアムズ監督=仙波理撮影

アフリカ系で、同性愛者であることを公言しているウィリアムズ監督は「自分はアウトサイダーだ、と感じてきた」と語る。「アフリカ系として米国で暮らすのは大変なことだ。特に今は、人種差別的発言もいとわない大統領がいるからね。彼はアフリカ系もヒスパニックもイスラム教徒も、まるで米国の一員ではないかのように扱う。かつ、性的少数者(LGBTQ)の権利も後退している。彼が就任して最初にしたことのひとつが、ホワイトハウスのウェブサイトからのLGBTQのページ削除だった」


監督はハリウッド批判も忘れない。「そもそもハリウッドも、まだまだ多様性を欠いている。私のアカデミー賞受賞がアフリカ系監督として初めてだったこと自体、どうかしている。『マルコムX』(1992年)のスパイク・リー監督をはじめ、私以前にたくさんの偉大な監督たちがいたのに。だからこそ、アウトサイダーの物語を紡ぎ、アウトサイダーに声をもたらしている」。現在、アカデミー賞を主催する米映画芸術科学アカデミーの理事を務める監督は「この機会に、本当の変化をもたらしてゆきたい」と意気込む。


そのアフリカ系監督初のアカデミー賞受賞をもたらしたドキュメンタリー『Music by Prudence 』は、先天性の難病で四肢が不自由なジンバブエの女性シンガーソングライター、プルーデンスを描いた。「ジンバブエではそうした障害がある人は、魔術を持つ呪いの子だとみなされてきた。彼女は究極のアウトサイダーで、究極的に差別されている。でも歌い、音楽活動をすることで乗り越えようとしている。彼女は自身の運命をコントロールしようとしている」

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そして、ウィリアムズ監督は言った。「私は映画製作を通して、障害や困難とたたかう人たちにとって自立をめざすことが、いかに大事かを学んだ。疎外された人たちを映画で力づけたいと思っているが、彼らを助けるというのではなく、自立の助けとなればと思う。オーウェンが、自立しようともがいているようにね」。オーウェンは今、映画館や、おもちゃ・ベビー用品専門店「トイザらス」で働くかたわら、画廊で子どもたちに絵を教えている。さらに、米マサチューセッツ州にあるコミュニティー・カレッジのラジオ番組で週1回、ディズニー・アニメ映画の歌を紹介する「DJアニメーター」としてホストを務めているという。


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藤えりか(とう・えりか)

1970年生まれ。経済部や国際報道部などを経て2011~14年にロサンゼルス支局長、ラテンアメリカを含む大統領選から事件にIT、映画界まで取材。映画好きが高じて脚本を学んだことも。現在GLOBE記者。ツイッターは@erika_asahi



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