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先住民の暮らしを経験した監督が投げかけた、米国への問題提起~『はじまりへの旅』

© 2016 CAPTAIN FANTASTIC PRODUCTIONS, LLC ALL RIGHTS RESERVED.




シネマニア・リポート Cinemania Report [#40] 藤えりか



「アメリカ・ファースト(米国第一主義)」を掲げるトランプ時代に、消費大国・米国のありようを強烈に批判した映画が米国から出てきた。1日公開の『はじまりへの旅』(原題: Captain Fantastic)(2016年)は、現代文明に背を向けて先住民のように暮らす一家の悲喜こもごもの物語だ。監督・脚本は、近年、映画界よりも重厚な社会派ドラマを繰り出す米テレビ界で経験を重ねてきたマット・ロス(47)。電話でインタビューした。

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水道や電気、ガスがなく電波も届かない米北西部ワシントン州の奥深い森で、ベン・キャッシュ(ヴィゴ・モーテンセン)の18歳の長男ボウドヴァン(ジョージ・マッケイ)がひとりで鹿を仕留める場面から今作は始まる。ボウドヴァンをはじめ6人の子どもたちはベンの厳しい指導のもと、狩猟や山中のサバイバル力を鍛えられ、10代にして運動選手にも負けない身体能力を身につけていた。学校には通わず、ベンの独自の教育で古典文学などに親しんで複数の言語を操り、権利章典もそらんじる。ボウドヴァンがアイビー・リーグの名門大学をこっそり受けたら軒並み合格したほど、みんな優秀だ。だが高名な米哲学者ノーム・チョムスキー(88)の誕生日を「ノーム・チョムスキー・デー」として祝う一方でクリスマスは無視。コーラもファストフードも人気テレビシリーズも知らずに育ち、社会性はほぼ皆無だ。そんななか、入院していた母レスリー(トリン・ミラー)が亡くなり、葬儀が執り行われるニューメキシコ州までの約2400キロを一家で旅することに。子どもたちは「一般社会」に触れて戸惑い、周囲からは奇異の目で見られ、ベンは舅のジャック(フランク・ランジェラ)とぶつかる。

マット・ロス監督 299A6175 © Kazuko Wakayama


ロス監督は米ケーブルテレビHBOの人気シリーズ『Silicon Valley(原題)』(2014年~)でのIT企業最高経営責任者(CEO)ギャヴィン・ベルソン役をはじめ、テレビドラマの俳優としてより知られているが、一方で映画監督・脚本家として作品づくりを続けてきた。今作は長編映画としては2作目だが、2016年にサンダンス映画祭で上映されるや評判となり、カンヌ映画祭で「ある視点」部門で監督賞を受賞、2017年にはヴィゴ・モーテンセン(58)がアカデミー主演男優賞にノミネートされた。


米国は言わずと知れた消費大国。そのありようを極端とも言える形で否定しながら子どもたちを厳しく育てるベンというキャラクターは、どこからきたのか。そう聞くと、ロス監督はネイティブアメリカンの伝統を挙げつつ、「今作で描かれた家族は珍しいものではない」と語った。「米国は、世界中からやって来た植民者たちが先住民のネイティブアメリカンを殺戮し、彼らから奪い取って成り立った国だ。だがそうした点はあまり語られてこなかった。大統領選でトランプに投票した人たちは異議を唱えるだろうが、米国はトランプ支持者だけの国ではない」


ロス監督自身、人里離れた山奥での共同体暮らしを10代前半で経験したのだという。離婚してシングルマザーとなったロス監督の母は、オーストリアの哲学者、故ルドルフ・シュタイナーの理念に基づくヴァルドルフ学校を米オレゴン州で立ち上げたグループの一員となるなど、とても教育熱心だった。「母は、人とは違う環境で私を育てたいと考えた。そうして山奥の共同体で暮らした際、水道はあったけれど、電気はなかった。夏にはアメリカ先住民式のテントで寝起きした。つまり、一時はベン一家と似たような暮らしをしていた。当時の経験から、こうした暮らしをしている共同体が存在するのだと知った。今作は抽象的なアイデアではなく、現実に基づくものなんだ」

© 2016 CAPTAIN FANTASTIC PRODUCTIONS, LLC ALL RIGHTS RESERVED.


ロス監督いわく、ベンは「ある意味、私自身を極端にしたバージョン」だそうだ。ドラマ『Silicon Valley』の撮影で毎週のようにロサンゼルスに行かなければならないのに、600km以上離れたカリフォルニア州バークリーに住み、「森に住んでこそいないが、14歳の娘と9歳の息子を森に連れて行き、ベンの子どもたちが学んでいるようなことも教え、家では『ノーム・チョムスキー・デー』を祝ったりもするよ。つまり私の暮らしに似ているところがある」とロス監督は語った。


ロス監督の内面から生まれたと言えるベン。実在の人物だったら、昨年の米大統領選予備選では民主党のバーニー・サンダース(75)を支持していそうだ。そう言うと、「私もそう思うよ」とロス監督は笑った。「そうして、今のトランプ政権に抗議しただろうね。この一家は文学や科学を深く信じ、重んじている。トランプは、事実の外側で生きているからね」

© 2016 CAPTAIN FANTASTIC PRODUCTIONS, LLC ALL RIGHTS RESERVED.

一方、ベンとことごとく衝突する舅のジャックは「トランプに投票したであろうキャラクターだ」とロス監督は解説した。「ジャックはしかし、それでいて複雑な人物だ。私は彼を悪役ではなく、人間として描いた」。確かに、滑稽なまでに極端なベンに比べて、ジャックの方がまっとうに見えたりする。彼らを合わせて見ると、左右両極端な人たちが混在する米国の現実を見る思いがする。

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ロス監督は言った。「今作が自分自身の暮らしや文化を見つめるきっかけとなればと思う。国として、あるいは人として自分たちは何ものであるか考える会話のきっかけになればと思う」


それにしても、米国の典型的な問題を描いた今作が国外でも高い評価を受けたのはなぜだろう。そう聞くと、ロス監督は「米国を批判し、疑問を投げかける米国映画が珍しがられたのだと思う。米国にはそうした映画がなかなかない」と答えた。「ハリウッドはひとえにビジネス。繰り出すのは複雑なエンターテインメントではなく、一般大衆向けのエンターテインメントだ。何ら問題提起をしない映画を作り続ける方向に陥っている」

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話はさらに、ハリウッドの歴史と現状に発展した。「米映画界は政治映画もきちんと作ってこなかった。ベトナム戦争後には政治映画を作る気運も出たし、1976年にはウォーターゲート事件の調査報道を描いた『大統領の陰謀』が登場したが、歴史的にはそうした映画はほとんど製作されていない。最近の大手スタジオは大企業と化し、世界市場でいかに売れるかが関心事となっている。政治的なものを作ろうなんて思っていない。議論を巻き起こすような映画づくりを恐れ、ただもうかればいいと考えている。クリント・イーストウッド監督(86)の『アメリカン・スナイパー』(2014年)は政治的ではあるが、神話化した米兵のヒーローを描いた、ある種の右派のファンタジーだ」


そうして、テレビ界に精通するロス監督は言った。「米国では今、良質な人間ドラマや政治的な作品はインディペンデント映画界のほか、主にテレビやケービルテレビのHBO、アマゾンやネットフリックスから生まれている」


日本のテレビ界を見ていると実感しづらいが、最近の米国はとりわけケーブルテレビや動画配信サービスの方が、政治ドラマや社会派作品を次々と繰り出している。多くが大予算をかけて作られ、並みの映画よりよほどおもしろかったりする。日本でも人気の、大統領をめざす下院議員を描いたケヴィン・スペイシー(57)主演の『ハウス・オブ・カード 野望の階段』(2013年~)や、『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』(2013年~)はいずれもネットフリックスで配信されている。ロス監督は解説した。「大手スタジオは少数の作品に大金を投じるがゆえに、それぞれ相当な興行収入を上げて世界市場で成功を収めなければならない。一方、ケーブルテレビや動画配信サービスの場合、有料会員数が多くついている限り、特定のシリーズによる浮き沈みを気にせず、実験的にも果敢にもなれる。チャンネル数も多くて競争が激しいため、大胆かつ複雑な番組づくりができる」


とはいえハリウッドの大手スタジオにかかわる人たちも、トランプ政権には多くが反発している。そうした空気が今後の映画づくりに反映され得ないだろうか。ロス監督は言った。「彼らも今後は、政権に思うところを様々に言い換えて形にしていくだろう。でも、だとしても1年くらいはかかるんじゃないかな」



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藤えりか(とう・えりか)

1970年生まれ。経済部や国際報道部などを経て2011~14年にロサンゼルス支局長、ラテンアメリカを含む大統領選から事件にIT、映画界まで取材。映画好きが高じて脚本を学んだことも。現在GLOBE記者。ツイッターは@erika_asahi



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