RSS

この記事をすすめる 編集部へのご意見ご感想

  
ソーシャルブックマーク
このエントリーをはてなブックマークに追加

ケネディの妻は危機にどう動いたか~『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』

© 2016 Jackie Productions Limited



シネマニア・リポート Cinemania Report [#39] 藤えりか






日本の「ファーストレディー」をめぐる騒動が日夜繰り広げられるなか、米国史上、いや世界的にも最も有名なファーストレディーのひとり、故ジャクリーン・ケネディを描いた米・チリ・仏映画『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』(原題: Jackie)(2016年)が31日公開された。米大統領就任2年10カ月で凶弾に倒れた夫ジョン・F・ケネディ(JFK)をめぐる「物語」を伝説たらしめようと彼女がいかに努めたかに焦点を当てた、パブロ・ラライン監督(40)に電話でインタビューした。


© 2016 Jackie Productions Limited



『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』は、1963年11月に米テキサス州ダラスでJFKの最期を真横で目の当たりにしたジャクリーン、愛称ジャッキーの内面に迫る。ジャッキーを演じるのはオスカー女優ナタリー・ポートマン(35)。一方、JFK役はデンマーク俳優キャスパー・フィリップソン(46)で、世界的にはほぼ無名だ。彼は骨格を含め、なかなかJFKに似ているのだが、それでいて映画はその顔をほとんど見せない。登場するだけで存在感が前面に出るJFKを敢えて作品の背面に押し込み、ジャッキーにスポットライトを当てている。その分、JFK以上にジャッキーを支えてきたJFKの弟ロバート(愛称ボビー)・ケネディ司法長官に、米国の性格俳優ピーター・サースガード(46)を配役。JFKの突然の死を挟み、葬儀のあり方をめぐって周囲と対立もするジャッキーにボビーが寄り添うさまを描くことで、JFKと必ずしも円満とは言えなかったジャッキーの孤独を際立たせ、テレビ普及時代に国民的人気を得た若きファーストレディーの素顔を浮き彫りにする。



ラライン監督はチリを代表する映画監督のひとり。メキシコの人気俳優ガエル・ガルシア・ベルナル(38)の主演で世界的にヒットしたチリ映画『NO』(2012年)をはじめとするピノチェト軍事政権を描いた3部作など、社会派映画で知られるが、英語の映画は今作が初めてだ。


パブロ・ラライン監督 © 2016 Jackie Productions Limited


当初は今作のプロデューサー、ダーレン・アロノフスキー(48)が監督に、ジャッキー役はレイチェル・ワイズ(47)に決まっていた。だが米誌ヴァニティ・フェアによると、交際していた2人が破局したことで、レイチェルはプロジェクトから離れた。アロノフスキーも監督を辞し、プロデューサーとなって後任を探していたところ、ラライン監督の作品を見て「登場人物の感情と政治的見解を絶妙に絡み合わせながら効果的に物語を伝えられる監督だ」と感じ、彼にオファーした。ジャッキー役はラライン監督のたっての希望で、アロノフスキー監督作『ブラック・スワン』(2010年)でアカデミー主演女優賞に輝いたナタリーに。ジャッキーの話し方やしぐさ、定番のシャネル風スーツの着こなしなどを徹底研究して迫真の演技を見せたナタリーは、今作でもアカデミー主演女優賞にノミネートされた。



チリの首都サンティアゴから電話でインタビューに応じたラライン監督は言った。「正直言ってジャッキーに対してはそれまで、『ファッション好き』といった非常に表面的な印象しか持ち合わせていなかった。だが監督として引き受ける前にリサーチをすると、彼女がいかに教養があって洗練され、非常にすばらしく興味深い女性であることを知った。彼女が当時の米国に、彼女なりの感性をいかにもたらしたか理解した。ジャッキーは(葬儀などを通して)JFKを神話化し、のちに語り継がれる物語をまとめ上げてみせた。しかもそれを、JFK暗殺という暗黒のできごとを経験したさなかにやってのけたのは興味深い。(映画化は)すばらしいチャレンジになると思った」


© 2016 Jackie Productions Limited


劇中のジャッキーは、ファーストレディーとして公的なふるまいを求められる一方、夫という身近な親族の死に際して自由がきかないジレンマを抱える。私人としてだけではいられないファーストレディーの立場の反映とも言えるが、ラライン監督は女性の役割の変遷も踏まえつつ解説した。「彼女は本当に、JFKが残したものを守ろうと願ってやまなかった。そのために尽力し、彼女はアイコンとなった。現代の目から見れば彼女の行動は自然かつ理にかなっていると感じられるが、当時は簡単ではなかった。特に、女性の役割が非常に限られていた時代においては」



そもそも、ファーストレディーについて語ること自体、「現代においてはおかしなことだと感じる。ひとりの人間をファーストレディつまり誰かの妻であると呼称すること自体、時代遅れの旧態然とした表現だと思う。我がチリの大統領は女性だしね」とラライン監督。チリの大統領ミチェル・バチェレ(65)は初の女性大統領として現在2期目だ。



そうしたチリで生まれ育った監督が、多くの米国人にリアルタイムで記憶されている著名なファーストレディーを映画で描く。その意義について聞くと、ラライン監督は答えた。「ラテンアメリカのチリ出身の私だからこそ、このテーマに自由に取り組めたのではないかと思う。私が見た最もすばらしい映画は、黒澤明監督によるシェークスピア劇『乱』だ。(作品を通して)違う文化がクロスすることほど興味深いものはない」。そうしてこうもつけ加えた。「ジャッキーは世界の多くの女性たちに多大な影響を与えてきた。米国やチリのみならず、アジアもそうだろう。彼女がアイコンになったとすれば、私たちが彼女に結びつきを感じられるだけの理由があったということだ。JFK暗殺当時にあそこで起きていたことは、私たちすべてとつながりがある」


ナタリー・ポートマンと、パブロ・ラライン監督(右) © 2016 Jackie Productions Limited


今作のジャッキーは、いわば2通りの側面から描かれている。ひとつは、多くの人たちに快活あるいは決然とした様子を見せ、かつジャーナリスト(ビリー・クラダップ)の単独ロングインタビューを毅然とした態度で受ける公的な側面。もうひとつは、JFK亡き後のホワイトハウスでひとり回顧し、また神父(ジョン・ハート)に思いのたけをぶちまける私的な側面だ。神父の前でジャッキーは劇中、JFKの絶えない女性関係に悩んだ様子も隠さない。ラライン監督は「この2つの仕掛けが互いに行き交うことによって、ジャッキーの非常に複雑なキャラクターを浮かび上がらせることができた」と説明した。「彼女がジャーナリストと交わした会話は、(自分たちがどんなものか)人々に信じ、考え、理解してもらうため世に打ち出したかった物語ということだろう。一方、神父との私的な会話は彼女が安らぎを見いだす時間であり、前に進むためのモチベーションとなった。私自身はクリスチャンではないが、カトリック社会で育った目から見ると、この神父のように議論を用いるやり方は、カトリックにおいてはあまりない。だが神父は宗教を超え、人間としてそうしたのだと思う」。ちなみにこのジャーナリストのインタビューは、故セオドア・H・ハート記者による米誌ライフのインタビューがもとになっている。


© 2016 Jackie Productions Limited


ラライン監督は補足した。「もっとも、すべてが事実に基づいているわけでない。ジャッキーをめぐっては多くの情報があり、彼女がホワイトハウスにいた時に何が起きていたかは知られているが、いったんドアが閉められた向こう側で何が起きたかはわからない。そうした私的な世界では、フィクションがツールになる。何がどのようにして起きたのか、フィクションやドラマによって想像力を働かせることができる」



ラライン監督は、父はチリの元上院議員、母はピニェラ前政権下で閣僚だったという政治家一家に育った。右派である両親とは「政治的には考え方が違う」と言うが、そうしたバックグラウンドは映画製作に影響しているのだろうか。「確かに私は政治的な環境で育ってきたが、それがどう影響したか、分析は難しい。ただ何であれ、映画はやはり政治的行為なのだと思っている。映画作りにおいて、政治的なできごとは無視できないわけだから。映画は社会的な状況を映し出す。コメディーであれSFであれ、政治的な要素は含まれる。私自身、そうするよう意識している。政治と映画はすばらしいカクテル。映画製作に身をおく限り、私は政治とつながり続けると思う」




[最近のシネマニア・リポート]

『牯嶺街少年殺人事件』

『汚れたミルク/あるセールスマンの告発』

『ラビング 愛という名前のふたり』

『ラ・ラ・ランド』

『未来を花束にして』

『沈黙 サイレンス』






藤えりか(とう・えりか)

1970年生まれ。経済部や国際報道部などを経て2011~14年にロサンゼルス支局長、ラテンアメリカを含む大統領選から事件にIT、映画界まで取材。映画好きが高じて脚本を学んだことも。現在GLOBE記者。『なぜメリル・ストリープはトランプに嚙みつき、オリバー・ストーンは期待するのか~ハリウッドからアメリカが見える』(幻冬舎新書)が3月30日に発売。ツイッターは@erika_asahi



コラムへのご感想を募集しています。郵便番号、住所、氏名、年齢、職業、電話番号をお書き添えの上、下記のアドレスへメールへお寄せください。globe-voice★asahi.com (★記号を@記号に書き換えてください)






Facabookでのコメント

朝日新聞ご購読のお申し込みはこちら

世界のどこかで、日本の明日を考える 朝日新聞グローブとは?

Editor’s Note 編集長から