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イスラム国(IS)に故郷を奪われたイラクの少数派「ヤズディ」

写真と証言を出版したフォトジャーナリスト・林典子さん


過激派組織「イスラム国」(IS)に故郷を奪われた、イラクの少数派ヤズディ(ヤジディ)教徒。フォトジャーナリストの林典子さん(33)は2015年から2年近くかけて、イラク北部とドイツで彼らとともに暮らしながら写真を撮り続け、昨年末に『ヤズディの祈り』として出版した。GLOBEの連載「突破する力」(149号、2014年12月21日発行)に登場した林さんは、この4月からGLOBEウェブ版で連載を始める。ヤズディが私たち日本人に語りかけるものについて、林さんに聞いた。(聞き手・神谷毅)




写真集「ヤズディの祈り」表紙


――林さんは大学時代に訪れた西アフリカ・ガンビア共和国の新聞社で写真を撮り始め、これまでキルギスの誘拐結婚をはじめ、国内外の「声なき声」を伝える仕事をしてきました。今回はどのようなきっかけでヤズディを撮り始めたのですか?


ヤズディはシリアやイラクなどの一部で信仰されている宗教で、世界で約60万~100万人いるといわれます。イラク北西部のシリア国境沿いに東西に延びる、標高1463メートルのシンガル(シンジャル)山では約30万人が暮らしていましたが、14年8月にISが襲い、多くの人たちが殺されました。そのとき私は取材で訪れていたトルコで高熱にうなされ、病院の待合室にいたのですが、テレビでそのニュースを見ました。イラクには大学時代の友人もいるし、ジャーナリストの知人もいるのですが、私はヤズディのことは全く知りませんでした。仲の良いトルコ人の友達にヤズディのことを聞いてみると、「汚い。好戦的。何百年も昔の遅れた生活をしている」と言うのです。普段はそんな差別的なことを言わない友達なので、とてもびっくりしました。


背景には何があるのだろうと関心を持つようになり、帰国してから調べるうちに、独特の信仰を持つ人たちだと知りました。地球を創造した神「ホデ」を信じる一神教で、太陽を崇拝しています。ゾロアスター教やイスラム教、キリスト教などにも通じ、彼らに伝わる神話には旧約聖書に描かれるノアの箱船も出てきます。いろんな宗教が混じっているのです。口承で伝わっているためか、ヤズディの起源について尋ねる私に現地の人たちは、みんな違うことを言ってくる。私が、うん、うんとうなずいて聞いていると、英語で通訳をしてくれる友達が「彼の言っていることは全部間違っている!」と言うのです。それほど、さまざまな形があるのです。

シンガル山頂のチャルメラ寺院


ヤズディという宗教に対する思いは、みな非常に強いのですが、一方で私たち日本人と同じように、クリスマスにはサンタクロースの人形を買ったり玄関にリースを飾ったりするヤズディの若者もいます。おしゃれにキリスト教の十字架のネックレスをつけている人もいます。そんな他の宗教への寛容、オープンなところには、すごく共感できました。その寛容さが、ISに攻撃される理由の一つにもなったのだと思います。


――写真集にはISに性の奴隷にされた少女たち、夫をISに殺されて避難先で子育てをする女性たち、ISと戦うことを選んだ女性の姿などがありますね。


ナディアという女の子と家族はISの戦闘員によって学校に集められました。男性は1階に、女性は2階に。戦闘員は男性たちからお金や携帯電話を奪い、車に乗せて連れていきました。ナディアは2階の窓から男性たちが空き地に並べられて銃殺されるのを見ました。兄弟9人のうち6人が殺されました。それからナディアたち女性はISに占拠されたイラクの都市モスルに連れていかれ、戦闘員から繰り返し性的暴力を受けました。そんななか一人になった時に奇跡的に脱出したのです。今は大学などでISの実態を証言する活動をしています。彼女は昨年12月、人権や民主主義を守る活動を讃える「サハロフ賞」を欧州議会から受け取りました。

イラクの難民キャンプで暮らしていたころのナディア
ナディア(右)と林典子さん



私が取材でもっとも長い時間を一緒に過ごしたのがサラという女の子です。彼女もナディアと同じようにISの戦闘員との結婚を強いられました。イラクで、そして難民として渡ったドイツで、何回も取材しました。彼女の顔を出すと本人や家族に危険が及ぶおそれがあるため、分からないように撮りました。そんな境遇の彼女に実際に会うと、普通の18歳の女の子です。好きな男の子の話をして、ゲラゲラ笑う。デートするときには両親に言えないので、私と遊びに行くとウソをついて出かけていました。皆さんの周りにいる日本の女子高校生とまったく同じです。そんな彼女の笑顔も本当は伝えたかったのですが、それができないことが彼女の状況を逆に訴えているような気もします。

イラク国内の難民キャンプでのサラ
避難先であるドイツ南部の街の自室でベッドに座るサラ



――ヤズディの人たちがISに襲われる前の暮らしのなかで撮った家族写真なども、林さんは写真集に収めていますね。


ドイツには何十年も前のサダム・フセイン時代に避難したヤズディがいて、彼らが今回ISに故郷を追われたヤズディを支えています。そんなヤズディの人たちが集まって行われた6組の若者の結婚式を取材しました。同じ苦難をともにした、同じ民族のカップルの結婚式に、あれだけたくさんのヤズディが集まり、祝福している。その様子を見て、ヤズディの未来を考えてみました。そのとき、ふと想像してみたのです。未来について考えるためには、過去の暮らしについても知らなければいけないのでは、と。以前にイラクでの取材でヤズディの人たちに見せてもらった、かつての暮らしを記録した写真のことを思い出しました。そのときは、「昔はこんな生活があったんだね」と話して終わりだったのですが……。私はまたイラクに戻り、昔の写真を撮りました。本当は最初からよく考えて要領よく撮れば良かったのですが、なかなかそれができなくて。

結婚式に臨むヤズディの若者たち


それぞれの写真が撮られたときのことを想像してみました。子どもが3歳の誕生日会でろうそくの火を消す瞬間を撮ろうとしている時のお母さんの気持ち。家の庭でブリッジをしてふざけている子どもや、雪の上で泣きじゃくる子どもの写真を見たときに、「この瞬間を大事にしたい」と感じてシャッターをおしたヤズディの人たち。すごく共感を覚え、ヤズディの人たちがとても身近に感じられました。私たちと同じ普通の感覚を持った人たちが、あのような経験をしたのだということに、こうして気づきました。

ISの攻撃前に撮影された写真。3歳の子どもの誕生日を祝うヤズディの人たち


――今回の写真を通して日本の人たちに訴えたいことは何ですか。


虐殺されて骨になったヤズディの死体、破壊された建物といった「いかにも戦場」という写真も写真集にはありますが、これを伝えたいのではありません。一つの時計の写真があります。イラクからドイツに逃れるとき、体力を考えればカバンには小さいものしか入れることはできない。それでも持っていこうと思った時計です。私が彼らだったら何を持って行くかなと、私は想像しました。あの日、あの時、あの場所にいないとしたら、想像力をもってかかわることしかできない。写真集を通して、この人たちのために寄付してほしいとか、苦しい状況にあるのに撮影に応じてくれた勇気を称賛してほしいとか、そういうことを言いたいのではありません。これは私たちとまったく同じ、普通の人たちに起こったことだということを想像してほしいのです。


密航斡旋業者の助けを借りて、イラクから3週間かけてドイツへ渡った19歳のヤズディ、ジョージ
ドイツへ向かう直前にイラクの友人に手渡された時計。リュックに入れてドイツまで持って来た

『ヤズディの祈り』




林典子さん=神谷毅撮影


はやし・のりこ

1983年、神奈川県川崎市生まれ。2006年から西アフリカ・ガンビア共和国の現地紙で写真を撮り始める。「メディアが取り上げない場所で暮らす、一人一人の想いや問題を伝えたい」と、硫酸で顔を焼かれたパキスタンの女性、HIVに母子感染したカンボジアの少年、誘拐結婚させられたキルギスの少女などを写真に収めてきた。著書に『フォト・ドキュメンタリー 人間の尊厳-いま、この世界の片隅で』、写真集『キルギスの誘拐結婚』がある。2016年12月に写真集『ヤズディの祈り』(赤々舎)を出版。




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