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非白人のトランスジェンダー俳優が自ら演じる重み~『タンジェリン』

©2015 TANGERINE FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED


シネマニア・リポート Cinemania Report [#30] 藤えりか


心と体の性が一致しないトランスジェンダーを描いた映画は世界でも増えてきたが、その役を、実生活でもトランスジェンダーである人たちが演じるのはそうはない。映画界が彼ら彼女らに共感を示す一方で、トランスジェンダーの俳優を登用してこなかった表れだ。27日公開の『タンジェリン』(Tangerine)はその流れに異議を唱えた。公開前に来日したショーン・ベイカー監督(45)にインタビューした。


舞台はロサンゼルスのハリウッド地区の片隅、ハイランド通りとサンタモニカ通りが交差する一帯。娼婦たちが客を引き、ドラッグの売人がたむろする一角として知られる区域だ。太陽が照りつけるクリスマスイブ、出所したばかりのトランスジェンダーの娼婦シンディ(キタナ・キキ・ロドリゲス)は、留守中に恋人チェスター(ジェームズ・ランソン)が心も体も女性のダイナ(ミッキー・オヘイガン)と浮気した、と同業の親友アレクサンドラ(マイヤ・テイラー)から聞いてブチ切れる。同じくトランスジェンダーで、歌手を夢見るアレクサンドラはシンディをなだめつつライブに臨むが、シンディはなお憤り、付近を仕事場とするアルメニア移民のタクシー運転手ラズミック(カレン・カラグリアン)をも巻き込んだ狂想曲へと発展していく。

©2015 TANGERINE FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED

シンディはヒスパニック、アレクサンドラはアフリカ系。それでいてトランスジェンダーという、あらゆる意味で「白人主流層」とは正反対にいる究極のマイノリティーとして、行き場のない干からびた気持ちをぶつける。2人は劇中、ひたすら歩き、あるいはバスを使う。


公共交通機関に乏しい広大なロサンゼルスは、1人1台はほぼ必須の文字通りの車社会だ。多くの道路が車向けにできてもいる。ロサンゼルスに3年住んだ実感から言えば、徒歩とバスだけで移動するのはおおむね観光客か学生、あるいは車を持たない貧困層が中心なのが現実だ。舞台となったハイランド通りとサンタモニカ通りの交差点は何度も通りかかったことがあるが、私自身、車で走り去るのがほとんどで、降り立ったことはない。ハリウッドのきらびやかな雰囲気とは対照的だ。


今作で監督・脚本・撮影を担ったベイカー監督はインタビューで語った。「ある意味悪名高いこの交差点はずっと見過ごされてきた。大手スタジオのパラマウント・ピクチャーズのすぐそばにあるのに、一帯が映画やテレビで描かれるのを僕は見たことがない。色彩に富んだ興味深いこの交差点で、映画を撮ってみたかった」

インタビューに答えるショーン・ベイカー監督=仙波理撮影

トランスジェンダーをはじめとする性的少数者(LGBT)が ハリウッドなどでも描かれるようになって久しいが、世界初の性別適合手術を受けたデンマークの画家、故リリー・エルベをエディ・レッドメイン(35)が演じた『リリーのすべて』(2015年)をはじめ、心と体の性が一致したシスジェンダーの役者がLGBTを演じる場合が多い。だが今作では、シンディ演じるキキ、そしてアレクサンドラ演じるマイヤとも、現実の世界でもトランスジェンダーだ。


ベイカー監督は言う。「トランスジェンダーではない役者に演じてもらうなんてナンセンスだし、考えもしなかった。実人生での経験を生かしてもらうことで、よりよい作品となる。なのに、ハリウッド大手はなかなかそうした配役をしない。才能ある彼女たちをキャスティングすることで作品がよりよくなるのに、なぜそうしないのか?」

©2015 TANGERINE FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED

とはいえ、役者を見つけるのは簡単ではなかったという。一帯を徹底リサーチしながら、街角などでトランスジェンダーの人たちに声をかけたりして探したが、ベイカー監督がシスジェンダーの白人男性であるだけに、「警官あるいは記者だと思われて、なかなか取り合ってもらえなかった」。そこで、舞台となった交差点の近くにある、LGBTを支援する「ロサンゼルスLGBTセンター」に足を運び、マイヤと出会った。家族の理解を得られず、仕事にも困った末に、クラブなどで歌いながら娼婦にもなり、何度か逮捕された末にセラピーを経てLGBTセンターに行き着いたマイヤと話すうち、ベイカー監督は「彼女だ」とひらめいた。出演に乗り気になったマイヤはベイカー監督に、同様に娼婦経験のあるキキを紹介した。2人とも演技経験はゼロだったが、すでに歌手としてステージ経験のあるマイヤと、高校時代に演劇を学んだことがあるキキは吸収も早く、「コミカルな即興もうまかった。それができる役者を見つけるのはなかなか大変なことなんだ」とベイカー監督は言う。


彼女たちが演技力を発揮できた陰に、スマートフォンの存在があった。ベイカー監督はこの映画を全編、iPhone3台で撮影した。撮影を始めた2013年12月の数カ月前に第7世代の機種5sが発売され、「画像の圧縮速度も速くなり、使えるアプリも増えて大きく進化した」と感じたためでもあるが、何より、すべてをごく自然に撮影できる効果があったという。「iPhoneをもって路上で撮影すると、映画を撮っているとは誰も思わず、『あぁ学生がYouTube用に動画を撮っているのかな』ぐらいにみられる。大きなカメラではないから、新人の役者たちもおじけづくことなく演技できる。まるでドキュメンタリーとフィクションのハイブリッドのようなものになったんだ」とベイカー監督。結果、製作費を約10万ドルに抑えることもできた。

ショーン・ベイカー監督=仙波理撮影

それにしても作品に映し出されたロサンゼルスの夕陽は鮮やかで、とてもスマホで撮ったとは思えない。赤みがかったオレンジ色を表すタンジェリンというタイトル通り、「あぁ毎日見ていたあの色だ」と懐かしむほどに再現されている。


トランスジェンダー俳優の起用は必須だと考えてきたベイカー監督ではあるが、「出演はものすごく勇気のいることだ」と理解している。「自分自身をさらけ出すことになるうえ、自ら経験した困難を追体験することにもなる。今作のラストシーンでは特に、彼女たちにとっては極めてつらいことを強いる。でもそれがなぜ必要か、彼女たちは理解してくれた。本当にすごいことだと思うよ」


それが功を奏したのだろう、劇中の2人の会話はとてもリアルに響いた。そう言うと、ベイカー監督は「共同脚本のクリス・バーゴッチと僕は、キキやマイヤ、その友人たちと長い時間を過ごし、彼女たちの話し方や話題について存分に吸収しようとした。脚本を彼女たちに確認してもらったうえで、現場で必要に応じて即興的に変えてもらったりもしたよ」。完成作品を見た同性愛者の友人からは、「この映画は同性愛者の感受性を表している」と言われたそうだ。「それがどんなものなのか僕には実際には理解しきれないところもあるけど、そうだとしたらとてもうれしいよね」

ショーン・ベイカー監督=仙波理撮影


感想を寄せた友人をはじめ、ニューヨーク出身でロサンゼルス在住のベイカー監督にはLGBTの知り合いも多い。今回、非白人のトランスジェンダーの女性を主役に据えたのは、彼女たちがいかに苦労を余儀なくされるか見聞きしてきたためだ。「彼女たちは差別や抑圧に耐え、仕事も見つからず、結果的に娼婦やドラッグ取引の仕事に手を染めざるを得なくなったりする。なのにそうしたことはあまり語られてこず、映画で探求すべきだと思った。特に今の米国は、後ろ向きな保守化が進んでいるからね」


後ろ向きな保守化どころか、トランプ米大統領(70)は就任するや、一部の移民や難民の締め出しに早くも躍起になり、マイノリティーとされる人たちがそれぞれ不安や恐怖を抱いている。トランスジェンダーを描いた監督として、どう感じているのか。「僕たちは今、恐ろしくておかしな時代に生きている。パニックの時代だ。これから不穏でひどい4年間になるだろうし、LGBTの人たちの将来をとてもとても案じている。トランプが正式な大統領となった今できることは、どんな形であっても人権侵害がなされないか監視することだ。幸い、映画界は多くの人たちがリベラルな考え方をもち、LGBTの人たちに共感している。アーティストたちは今こそ語るべき物語を語り、注意を払われるべき問題や個人に関心が高まるようにしていかなければならない」


©2015 TANGERINE FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED


トランプ就任に伴い、一般の人たちの中にもいわば「このぐらいの差別的発言は許されるんだ」といった雰囲気が広がり、差別的な事件や発言が各地で目立つようになってきた。そうした反動的雰囲気が、映画界でも起きたりしてはいないだろうか。そう聞くと、ベイカー監督は言った。「トランプ登場によって逆に、白人シスジェンダー男性の特権層にとどまらない、多様性を描いた作品をつくろうという機運が出ている。トランプの任期中の4年間は、それに対峙して闘う重要な作品がたくさん出てくることだろう。話題の『ムーンライト』が出てきたのも、アンチ多様性の動きを意識してのことだと思う」。『ムーンライト』はマイアミのすさんだ地域に住む黒人少年の成長を軸にいじめや同性愛、ドラッグを描いてアカデミー賞で作品賞など8部門でノミネート、日本でも春に公開の予定だ。


米映画界は民主党のクリントン(69)あるいはサンダース(75)を支持する人たちが目立ち、トランプ当選には多くが呆然とした。それは逆に、米国で取り残されたと感じてきた中間層や貧困層の声にハリウッドが真に耳を傾けてこなかった表れとも言える。「オバマにも取り残されたと感じ、クリントンも信用できず、何らかの変化を求める人たちがいかに存在し、いかに絶望的になってきたか、映画界の特権層や富裕層は念頭においてこなかった。特にハリウッド大手スタジオの作品は、そうした声を代弁してこなかった。映画界はまず彼らについて、その窮状をただ描くのではなく、希望や夢をも含めた日々の人生を描くことから始めなければならないと思う」

ショーン・ベイカー監督=仙波理撮影


ベイカー監督はニューヨーク大学で映画を学び、2013年には監督・脚本・製作の『チワワは見ていた ポルノ女優と未亡人の秘密』(2012年)で米インディペンデント・スピリット賞のロバート・アルトマン賞を受賞したインディペンデント映画界の注目株だ。次回作『フロリダ・プロジェクト』はウィレム・デフォー(61)を主演に、いわば取り残された層と言える白人家族に焦点を当てる。「この作品は、トランプ就任後にますます大事な意味を持つようになると思う」とベイカー監督。そうしてインタビューの最後に、マシュー・ブロデリック(54 )を主演にヒットした故ジョン・ヒューズ監督の青春コメディ『フェリスはある朝突然に』(1986年)を挙げて言った。「こんな映画をいつか撮ってみたい。シカゴのリッチな(白人)家庭ではなく、低所得者層の地域の少年を主役にする形でね」






藤えりか(とう・えりか)

1970年生まれ。経済部や国際報道部などを経て2011~14年にロサンゼルス支局長、ラテンアメリカを含む大統領選から事件にIT、映画界まで取材。映画好きが高じて脚本を学んだことも。現在GLOBE記者。ツイッターは@erika_asahi


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