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地域の課題解決へ仕組みを考える

山崎亮(studio-L代表)

デザイナーは語る 2




2月5日発行のGLOBE190号は巻頭で「デザイン」を特集します。紙面に先立ち、私たちの取材に対して、熱く語ってくれたデザイナーの言葉をご紹介します。2回目は、コミュニティーデザイナーの山崎亮さん。日本全国津々浦々で地域が抱える課題を地域のひとたち自らで解決するための仕組みづくりに取り組んでいます。デザイナーは、そこで何をデザインしているのでしょうか。


山崎亮さん
photo:Nakamura Yutaka

――山崎さんのお仕事は一般的にソーシャルデザインと呼ばれています。まずソーシャルデザインとはなんですか。

デザインの力を使って社会課題を解決することです。


私の肩書はコミュニティーデザイナーです。地域の課題を地域の人たちが自ら解決する。そのために人と人がつながる仕組みを考える。インクルーシブデザインとか、サステイナブルデザインと同じで、ソーシャルデザインという枠組みの中のひとつです。


インクルーシブデザインなら、より多様な人たちがデザインのプロセスに参加できるようにしましょうということ。サステイナブルデザインなら、環境に負荷をかけないように持続可能なデザインをつくりましょうということ。ソーシャルデザインのデザインとは、何をどうデザインするのかといったときの「どう」という部分。要は手法です。


――街づくりを手伝うコンサルタントとどこが違うのでしょうか。

コンサルタントと比較して、デザイナーはより現場との距離が近いと感じます。住民と何度も会って話をする。あらかじめ用意した使い回しのプランを提案するのではなく、住民との意見交換の中で適切なものにするフィードバックを繰り返しているんですよね。


たとえばデザイナーは模型を作ったり絵を描いたりします。手を使って考える。カタチにすると、こうすればいいかもしれないと発見がある。それを生かして修正したものを現場に戻す。この連続がデザイン行為ですから、モノではない活動や仕組みをつくることも、デザイナーの領域に入るのです。


もうひとつ、コンサルタントと比べて、僕らはひとの感性に訴えることを得意としています。美しい、気持ちいい、かっこいい、かわいい、おいしいといった感性ですね。ひとは気持ちが動くと、意識が変わり、行動も変わる。理性に訴えて説得する方法もありますが、ひとは正しいということだけではなかなか動かない。住民が行動する、思わず手が動いてしまう、そんなきっかけをつくるのもデザイナーの役割ですよ。


――ソーシャルデザイナーはいつ誕生したのですか。

近代デザインが誕生した19世紀の当初、デザインは社会課題の解決を役割としていたと思うのです。そもそも近代デザインの父といわれるウィリアム・モリスが始めたアーツ・アンド・クラフツ運動には、産業革命の時代にあふれた粗悪な大量生産品や劣悪な労働環境に対する批判が含まれていましたよね。作り手が喜びを感じる手作業にこだわり、王侯貴族ではなく市民のための様々なプロダクトを製作しようとしました。


ただ時代が下ると、優れたデザインを備えたモノが高値で売れることから、消費を促すコマーシャルデザインがデザインのスタンダードになったわけです。それに異を唱えたデザイナーたちが今のソーシャルデザインのさきがけです。『生きのびるためのデザイン』(1971年)という本を書いたアメリカのヴィクター・パパネックはそのひとり。日本は少子高齢化をはじめ課題先進国です。なおさらデザインの本来の役割を取り戻さないといけないと思っています。

山崎さんが関わって2016年11月にリニューアルしたふくやま病院(兵庫県明石市)の待合室。患者さんだけでなく地域の住民が利用できる空間を目指して様々な工夫が施されていた。
photo:Nakamura Yutaka




――日本ではソーシャルデザインを手がけるデザイナーに若い世代が目立ちます。なぜでしょうか?

ひとつは日本経済の停滞が久しく、コマーシャルデザインの元気がなくなっちゃったことです。建築家がわかりやすい例で、建築家の数は増えたけど、大きな公共事業の数は大幅に減りました。かつては小さな仕事をこつこつやれば、賞をとるなどしていつか大きな仕事がもらえるといった道筋が見えたのですが、それが描けなくなったのです。


特に僕より若い世代は、どこでお金を稼ぐのか、どこで社会貢献ができるのか、より真剣に向き合わざるをえなかったでしょう。そのときに、お金にはならないけど社会貢献ができる仕事なら課題先進国と言われている日本にはいっぱいあるじゃないかと気づいたんでしょうね。そこから始めて、その仕事を認めてくれたひとたちから発注をもらうという新しいすごろくをつくろうとしているのだと思いますね。


それにいまの若い世代は社会の課題を「自分ごと」に考えられる世代なんですよ。たとえば僕なんか、コピー用紙の裏紙を使うと「ちゃんとやってるぜ」みたいな感覚がありますが、僕らより下だと裏紙を使うのは当たり前で、むしろ使わないほうが気持ちが悪いという感覚なんですね。小学校のときから地球温暖化や地球資源の問題を習っていて、これなんとかしないとやばいねと当たり前に考えているんですよ。それもソーシャルデザインに携わる若いひとが増えている理由のひとつだと思いますね。


――コマーシャルデザインの仕事が減っているといいますが、デザインを重視する企業は増えています。

やっぱりiPhoneがその象徴でしょう。価格が安くても売れなくて、機能を増やしたら、その機能の3割も使ってくれなくて。そういうものがあふれる中、機能を最小限に絞った高価格の携帯が売れた。感性に訴えるデザインの魅力がないと売れないということがはっきりしたんですよ。


もうひとつは、アメリカのIDEOというデザイン会社が1990年代に先導したデザイン思考が企業に浸透しつつあるということですね。IDEOは過去を分析しても未来を予測できない時代は、荒唐無稽と言われようが夢をまず語っちゃうのが大事だと説いたんですね。そして、その夢を実現するために今は何をすべきか、5年後はどうかと逆算して経営戦略を立てる手法です。この二つがデザインが注目を集めることになった理由でしょうね。


――日本の未来についてはどうでしょうか。楽観していますか?

課題を抱えた地域を歩いて必ず感じるのは、課題を乗り越えようとする住民の意志です。1995年の阪神淡路や2011年の東日本の大震災でも、悲劇によって意識が変わり希望の芽が生まれることがある。悪いことが起きても悪いことばかりではないんですね。そういう楽観はありますね。


だからわれわれは地域の人たちとの丁寧なコミュニケーションを通して、地域のひとたちが活動するためのお手伝いをするのです。地域の人たちへの信用がなければ、「素人は黙ってプロの意見を聞きなさい」とふるまうことになると思うんですよ。


地域の課題を自分たちの力で乗り越えるプロセスを楽しむことができるように、デザイナーは地域の触媒として役割を果たせると思いますね。


(聞き手・中村裕)


やまざき・りょう

1973年、愛知県生まれ。大阪府立大学大学院、東京大学大学院修了。建築・ランドスケープの設計事務所勤務を経て、2005年、「studio-L」設立。10年、島根県海士町(あまちょう)総合振興計画「島の幸福論」でグッドデザイン賞受賞。現在、東北芸術工科大学(山形市)教授(コミュニティデザイン学科長)、慶応大学特別招聘教授などを兼務。著書に『コミュニティデザイン』(学芸出版社)など。

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