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シネマニア・リポート Cinemania Report [#25] 藤えりか

あの「マイルス」ですら資金集めに苦労する現実~『MILES AHEAD/マイルス・デイヴィス 空白の5年間』


このところジャズ映画の公開が続く。23日にはジャズの帝王、故マイルス・デイヴィスの空白期を描いた『MILES AHEAD/マイルス・デイヴィス 空白の5年間』(原題:Miles Ahead)が封切られた。ブラックムービーの資金集めや大ヒットが総じて難しいなかにあっては意義深い。公開を前に来日した今作のプロデューサーでマイルスの甥(おい)、ヴィンス・ウィルバーンJr.(58)にインタビューした。



マイルスを演じるのはドン・チードル(52)。1975年に音楽活動を休止し、腰痛に悩みながらドラッグとアルコールに溺れ、キャリアも終わりかとすらささやかれたマイルスのもとに、米誌ローリング・ストーンの記者デイヴ・ブレイデン(ユアン・マクレガー)が独占インタビューを狙って押しかけてくる。マイルスは反発しつつも次第に行動をともにするうち、大切な秘蔵マスターテープを狡猾(こうかつ)な音楽プロデューサーに盗まれてしまう。奪い返そうと奮闘するマイルスの脳裏に、元妻フランシス(エマヤツィ・コーリナルディ)との日々がよみがえる。自暴自棄になった帝王が音楽への情熱を取り戻しうるのか、映画はその当時のマイルスに絞って描く。



ドン・チードルといえば、ルワンダ虐殺下で難民をかくまったホテルマンを演じてアカデミー主演男優賞にノミネートされた『ホテル・ルワンダ』(2004年)で知られる。その彼の記憶が鮮明な人には、今回の役どころは180度違って見えるだろう。だが、この配役は、ドラマーとしても甥としても長年マイルスを間近に見てきたヴィンスたっての希望だった。


音楽プロデューサーでもあるヴィンスは言う。「2006年のことだ。マイルスがロックの殿堂入りをし、その授賞式にマイルスの息子エリンや娘シェリルらと列席した。そこで報道陣に『マイルスを誰に演じてもらいたい?』と聞かれ、僕は答えた。『ドン・チードルだ』と」



ヴィンスはそれまでドン・チードルに会ったこともなかった。だが『青いドレスの女』(1995年)で主演デンゼル・ワシントン(61)の友人役を演じたドンを見て、「短気で怒りっぽく、まじめで単刀直入なさまや表情が、おじのマイルスをほうふつとさせるようだった。たちまち僕の頭に焼きついたよ」と言う。


ヴィンスの授賞式でのセリフが報じられて方々に伝わり、ついにはヴィンスのエージェントがドンのエージェントにその話を伝えた。ドンはマイルスの親族らとゴルフに行く仲になり、深くマイルスについて語り合うようになったそうだ。


2010~11年には映画化へと具体的に走り始めたが、資金集めは困難を極めたという。え、あのマイルスを描いた映画でも? そう驚いていると、ヴィンスは言った。「『スパイダーマン』や『スター・ウォーズ』といったたぐいの映画じゃない。僕自身、資金を得るためだからといってマイルスについて今さらプレゼンするようなこともしたくなかった。だからハリウッドに頼らなかった」。黒人がメーンの作品には簡単に資金がつかないのがハリウッドの変わらぬ現実ということか。このためドンが始めたのが、ネットを通じて不特定多数から資金を得るクラウドファンディング。その草分けでもある米クラウドファンディングサービス「インディーゴーゴー」を通じて広く呼びかけた。すると、その後故人となったプリンスが匿名で資金を投じたほか、俳優・コメディアンのケヴィン・ハート(37)や著名な建築家フランク・ゲーリー(87)らが出資したという。結果、目標を上回る34万4582ドルを集めた。「すべてドンのアイデア。彼はこの映画を実現するため心血を注いだ」



金策に奔走する一方で、ドンはマイルスの親族に質問を浴びせた。「お父さんはどんな人だった?」「息子や娘、甥との関係は?」。ヴィンスいわく、「ドンはあらゆる情報を集め、スポンジのように吸収した。あるいは、まるでカメレオン。それが彼の役作りのやり方で、その才能は抜きんでているね」。ヴィンスはドンに、マイルスの楽曲のみならず肉声を収めた録音を渡し、ドンはそれをひたすら聴き続けた。ドンは高校時代にアルトサックスを吹き、ベースも演奏。つまり耳がいいはずで、体得も早かったそうだ。


そうして迎えた撮影初日、ヴィンスはオハイオ州シンシナティでのロケ現場に足を運び、涙が出たという。「マイルスが車を止めるやり方すら当時そのもの。非常に再現していて、すばらしい」とヴィンスは感極まった。「ドンは監督をしている間も、声も含めてマイルスだった。再現したマイルスの自宅も当時の通り。まるでタイムスリップしたかのようで、現実のものとは思えなかった。感動のあまり、言葉がなかった。『ドン・チードルがいい』と言ったのは正解だと思ったよ。マイルス役を確実にモノにしたドンに、アカデミー賞をとってほしいよ」


「記憶する限り、4歳からマイルスを知っている」うえ、ミュージシャンとしても間近に見てきたヴィンスがそこまで言うのだから相当なのだろう。すっかりとりこになったヴィンスは、この完成作品を「12回見た」そうだ。


数ある音楽映画の中には、オリジナル楽曲の使用許諾が十分に得られない場合もある。だが今作はマイルスの楽曲がふんだんに使われた。それも、権利をもつヴィンスらがこれだけドンの演技や監督ぶりにほれ込み、タッグを組んだゆえだろう。

ヴィンス・ウィルバーンJr.=仙波理撮影


ヴィンスは、今作が描いた「空白の5年」から復帰する際のマイルスの様子も実際に目の当たりにしている。「ある日、マイルスが僕の母に電話をかけ、受話器を僕にも向けさせた。そこからマイルスの演奏を聴いた。後日、マイルスは言った。『あれをレコードにしたいか?』。そうして彼はニューヨークに戻り、音楽界に復帰したんだ」


ヴィンスはマイルスについてこう語る。「マイルスは音楽のあり方を4~5回は変えた。まるでシェフのようだったうえ、こうと決めたらなんでもできた。常に突き進み、振り返らない。僕にとってはスーパーヒーロー。尊敬する人物だった」「彼は早起きで、それでいて遅く寝た。つまり、いつも起きて何かをしていた」


帝王のこんなエピソードも。「マイルスはね、気がついたら服を替えてるんだよ。1日に6回も着替える人を他に知らない」。才ある人はやはり、一味違うのだな。


ヴィンスは1983年、マイルスがジャズ・ピアニスト故ギル・エヴァンスのオーケストラと来日した際に同行している。その時のことを聞くと、「空港に降り立ったら、報道陣だらけ。新幹線の駅では、ホームにいた相撲力士までもがマイルスにサインを求めてきた。その熱狂ぶりに、すごい!と思ったよ」とヴィンス。ちなみにある年の来日時、当時プロ野球の巨人に所属していた友人のクロマティ選手(63)から巨人のジャージーを贈られ、それを着て舞台に立ったことがあるそうだ。クロマティと友人とは!

ヴィンス・ウィルバーンJr.=仙波理撮影


ヴィンスがミュージシャンになったのは、マイルスに直接、また間接的にも影響されたゆえだ。ヴィンスは自身の地元シカゴにマイルスが頻繁にやって来ては演奏するのを小さい頃から両親と聴きに行き、ドラムにめざめた。多くの場合、親族として「舞台裏から演奏を見ていた」という。「おじの音こそ聴こえたけれど、舞台の前の方で演奏するおじの姿はあまり見えず、よく見えたのは後ろのドラマーだった。故トニー・ウィリアムズら数々のドラマーたちに僕は釘づけになり、『ドラマーになる!』と言い出した。彼らの演奏は僕の血となっている」


黒人解放の象徴的音楽として誕生したジャズの世界で伝説的存在となったマイルスは、米西海岸で白人を中心に発達したウェストコースト・ジャズなどにも影響を及ぼした。そのあたりは、米映画『ブルーに生まれついて』で故チェット・ベイカーを演じたイーサン・ホーク(46)に電話インタビューして書いた「シネマニア・リポート#21」で詳述しているが、後年はエレクトリックジャズなどにも手を広げたマイルスは、今につながるさまざまな音楽ジャンルに刺激を与えている。


ヴィンスは、レディー・ガガ(30)の右の二の腕にマイルスのトランペットの絵柄のタトゥーがあることや、カニエ・ウェスト(39)らを挙げながら言った。「マイルスはあらゆる領域の音楽に生命を吹き込んできたんだ」


映画では、マイルスが1959年に白人警官に警棒で殴られ逮捕、頭を5針も縫う重傷を負った「忌まわしい記憶」も再現している。ニューヨークの名門ジャズクラブ「バードランド」に出演していた合間、クラブの前で白人女性をタクシーに乗せようとエスコートしたところを白人警官に職務質問された末でのできごとだ。今もなお米国で続く、有色人種への白人警官の理不尽な暴力と同じだーー。そう言うと、ヴィンスはすかさず、きっぱりと言った。「有色人種じゃない。アフリカ系米国人に対してだ」。そうしてヴィンスは抑えるように語り続けた。「マイルスは自分が出演していたクラブの前で白人女性と話し、タクシーに乗せようとしていただけだ。それがいけないことなのか?」「1959年に起きたことが、この2016年にも起きている。悲しいけど本当のことだ。僕はよく父に『(安全でいるため)はみ出さないで、適切な場所にいるように』と言い聞かされたが、人種差別は次の世代にも続いていくだろう」



そのうえで、ヴィンスは言った。「ただ実際の僕は、白人のミュージシャンと演奏しているし、アジア系とも、ヒスパニックとも仕事している。恐れてはいけない。それは、マイルスが教えてくれたことだ」

ヴィンスと筆者=仙波理撮影


ヴィンスにインタビューしたのは、トランプ当選の約2週間後。人種差別的発言を繰り返す支持者が目立つ彼の政権下、黒人をはじめ非白人を取り巻く環境はどうなっていくのだろう。「米国の状況は確実に変わっていく。それはこれから実感していくことだろう。我が家のヒスパニックの家政婦はすでに人種差別的な扱いを経験している。トランプが適切にふるまうことを願うばかりだ。あるいは日本に移住しようかな」。ヴィンスは真剣なまなざしで語った。マイルスが生きていたら、この政治状況にどう反応するのだろう? 憤り、悲しむのだろうか。そう言うと、ヴィンスは言った。「そうかもしれない。あるいは、くそったれ!と気にしないかもしれないな」





藤えりか(とう・えりか)

1970年生まれ。経済部や国際報道部などを経て2011~14年にロサンゼルス支局長、ラテンアメリカを含む大統領選から事件にIT、映画界まで取材。映画好きが高じて脚本を学んだことも。現在GLOBE記者。ツイッターは@erika_asahi


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