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『裸足の季節』 告発の行方は

シネマニア・リポート 更新日: 公開日:
『裸足の季節』より © 2015 CG CINEMA - VISTAMAR Filmproduktion - UHLANDFILM- Bam Film - KINOLOG

『裸足の季節』より © 2015 CG CINEMA - VISTAMAR Filmproduktion - UHLANDFILM- Bam Film - KINOLOG

シネマニア・リポート Cinemania Report [#2] 藤えりか

海外では喝采を浴びても、自国では批判が噴出する――。ふたをして閉じ込めておいたものをえぐり出そうとすると、そんな相克が起きがちだ。母国をよりよくしたいという気持ちゆえ、であるにもかかわらず。

日本で公開が始まった『裸足の季節』(フランス・トルコ・ドイツ、原題: Mustang)は、トルコ黒海沿岸の小さな村が舞台。両親を10年前に事故で亡くし、祖母や叔父エロルのもとで育つ5人姉妹はある日、学校からの帰り、海辺で男の子たちの肩車に乗ってはしゃぐ姿を近所の女性にみとがめられる。「ふしだらだ」「売春婦のようだ」。エロルの逆鱗(げきりん)に触れ、電話もネットも、おしゃれなアクセサリーに服も取り上げられ、外出を禁じられる。学校にも行けず「花嫁修業」を強制させられ、1人またひとりと結婚相手をあてがわれるうち、悲劇が起きる。末っ子ラーレは自由を求めて意を決する――。

『裸足の季節』より © 2015 CG CINEMA - VISTAMAR Filmproduktion - UHLANDFILM- Bam Film - KINOLOG

アカデミー外国語映画賞やゴールデングローブ外国語映画賞にノミネート、フランス版アカデミー賞と言われるセザール賞で4冠、カンヌ国際映画祭でヨーロッパ・シネマ・レーベル賞を受賞……。新人デニズ・ガムゼ・エルギュヴェン監督(38)が撮った本作は、長編デビュー作にもかかわらず、欧米の映画祭や賞レースで称賛を受けた。世界的に、まだまだ少ない女性監督。今年2月のアカデミー賞授賞式には私も会場入りしたが、「フィクション部門で唯一の女性オスカー候補監督」として注目されていた。

日本からは遠く離れたトルコの話。でも、はしゃいだり、かわいい服でポーズをとってみたり、サッカーの試合に熱狂して声をあげたり、時に姉妹で言い合ったりする少女たちの場面を見ると、誰もが感じるはずだ。育った環境は違っても、10代くらいの女の子っておんなじだなあ、と。5人姉妹役は、1人を除いて演技経験がゼロ。だからこそと言うべきか、場面いっぱいにみずみずしさが満ちている。

記者会見で質問に答えるデニズ・ガムゼ・エルギュヴェン監督(中央)=藤えりか撮影

その彼女たち、そしてエルギュヴェン監督が、日本での公開を前に6月上旬、来日した。両肩を出したワンピースに、ひざ上丈のスカート、歩きやすい白スニーカー。都内の記者会見場に現れた彼女たちは、はつらつとしたいでたちだった。

「私は非常にオープンな家庭で育ちました。本格的に俳優の仕事をするためまもなく米ロサンゼルスに移りますが、そうした将来についても、家族は『自分が幸せだと感じるならどんな仕事でもいい。自分で選びなさい』と言って、私を常に支えてくれました」。末っ子ラーレを演じたギュネシ・シェンソイ(15)は話した。

トルコは人口の99%がイスラム教徒だが、1923年の建国以来、政教分離を貫き、「世俗主義」を国是としてきた。女性の国政参政権も、日本に先立つ1934年に実現。都市部では結婚前の男女が同居する例も目立つそうだ。確かに、少女俳優たちの話しぶりからも、のびのびとした感じが伝わってくる。彼女たちは、パリ在住の1人を除き、最大都市イスタンブールで育った。

『裸足の季節』より © 2015 CG CINEMA - VISTAMAR Filmproduktion - UHLANDFILM- Bam Film - KINOLOG

「でも残念ながらトルコには、今回の映画に見られるような家族もいます」。四女ヌルを演じたドア・ドゥウシル(16)はつけ加えた。

エルギュヴェン監督は言う。「トルコは非常に自由で近代的な暮らしをしている女性がいる一方で、とても保守的な生活を送る女性たちもいます。この2者の隔たりは大きい」

家父長的な考え方が強いトルコでは、男親、ないし男性の世帯主がどんな考え方かによって境遇が大きく違ってくるのだそうだ。特に映画の舞台となった黒海沿岸は、「非常に保守的な地域」(エルギュヴェン監督)。結婚相手を父親が決める例も少なくないという。

最近は、イスラム色を強めるエルドアン大統領が男女平等や避妊を否定する発言を繰り返している。エルドアン大統領の両親は、黒海沿岸の出身。叔父エロルは大統領に重なって見える。

都市部は自由、とも単純には言えない。姉妹がカゴの鳥となるきっかけとなった「肩車事件」は、首都アンカラ生まれのエルギュヴェン監督の実体験に基づく。

「ピュアな遊びであっても、女性がすることはすべて性的なものと結びつけて見られ、反発を受けてしまう。女性は性的なものだけではない、体だけではないんだ、ということを訴えたかった」。エルギュヴェン監督は記者会見でそう述べた。ジェンダー・ギャップ指数が世界101位の日本にも響く言葉だ。

『裸足の季節』より © 2015 CG CINEMA - VISTAMAR Filmproduktion - UHLANDFILM- Bam Film - KINOLOG

昨年10月にトルコで公開すると、見方は真っ二つに割れた。

「非常にあたたかく受け止めてくれた人もいれば、逆の方向で、悪い解釈をする人もいました」。エルギュヴェン監督は穏当な表現でそう説明したが、欧米メディアの当時の報道を見る限り、そんな生やさしいものではない。

「おまえはトルコの敵」「巨大なウソの映画だ」「最も不快に計算された形で欧米向けにつくられた作品」「欧米は賞を出して楽しんでいればいいよ、私たちはノーサンキューだけどね」。匿名の書き込みだけでなく、評論家も実名で酷評した。「この時間、彼女はこのテレビ局にいるよ」と、居場所をさらす書き込みもネットでなされた。

実は、この作品はアカデミー外国語映画賞に、フランス代表として出品された。全編トルコ語で、舞台もトルコの映画であるにもかかわらずだ。フランス側の出資比率が高かったためとのことだが、米ニューヨーク・タイムズ紙は「トルコの選考委員会は、必ずしもトルコのよい面を描いていないこの映画の出品を控えた」としている。

記者会見を終え、姉妹役の4人と笑顔がはじけるエルギュヴェン監督(中央)。左から三女役エリット・イシジャン、四女役ドア・ドゥウシル、監督をはさんで末っ子役ギュネシ・シェンソイ、長女役イライダ・アクドアン=藤えりか撮影

とまれ、エルギュヴェン監督は、これで世界市場への切符を手にした。次回作は、人種問題を背景に起きた1992年の「ロサンゼルス暴動」を題材にする。アフリカ史を研究して修士号を得た彼女は、『裸足の季節』の企画以前からロサンゼルスに通って取材を重ね、構想を練っていたが、長編の実績もなかった当時の彼女に資金はつかなかった。

それが「今回の作品のおかげでやれることになった」と、エルギュヴェン監督は記者会見をしめくくった。黒人女性として初めてアカデミー主演女優賞に輝いたハル・ベリーの出演が決まり、出資も集まっているそうだ。

トルコ社会への告発に賛辞を送った米国が、今度は人種問題という自らの闇を外から突きつけられる番、ということでもある。