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[第39回]米大統領選を左右する「演説の力」 国民の亀裂、埋める役割も

三浦俊章 Miura Toshiaki (朝日新聞論説委員兼GLOBE記者)


米大統領選は、マラソンのように延々と続く言葉の戦いだ。米国政治において大統領のスピーチが持つ力は大きい。保守とリベラルの対立が深まる中、「国民統合」のうえでの重みも増している。



今年の米大統領選は、民主党現職のオバマ大統領と共和党のミット・ロムニー候補の対決になりそうだ。選挙での「言葉の応酬」は本選挙前年に有力候補が名乗りをあげた時点から始まっている。  節目の演説、折々に浮上する問題へのコメント、候補者同士で繰り返されるディベート。長期にわたる緊張に耐え、どんな質問にも的確に応対しなければならない。この長丁場が、候補者の資質を吟味するプロセスになっている。


ちょっとした失言がダメージになる。たとえば、ロムニー候補の「きわめて貧しい人のことは心配していない。社会保障がある」といった発言は、大金持ちには庶民の気持ちは分からないという反発を買っている。逆に、時代の空気をつかまえた一言が、勝利を呼び込むこともある。前回2008年の大統領選の流れを決めたのは、民主党のオバマ候補(当時)の「イエス、ウィー・キャン」だった。

米国の古典を集めた叢書(そうしょ)「ライブラリ・オブ・アメリカ」に2巻本の「アメリカ演説集」がある。第2巻「エイブラハム・リンカーンからビル・クリントンまで」(2006年刊)に収録された演説の半分以上は、大統領と大統領候補者のものだ。


リンカーンが南北戦争の激戦地ゲティズバーグで述べた「人民の人民による人民のための政治」は、民主主義の定義となった。


大恐慌の時代、国家と市場に対する信頼が根底から揺らいでいた米国に対して、フランクリン・ルーズベルトが発した「恐れるべきは恐れそのものだ」は当時の国民を鼓舞し、希望を与えた。


演説の名手だったケネディ大統領のスピーチ・ライターであるセオドア・ソレンセン元特別顧問に、大統領の演説について聞いたことがある。


ソレンセンによれば、かつて政治家の演説とは、郊外の競技場であれ、屋内であれ、人々がそれを聞くためにわざわざ集まるものだった。高邁(こうまい)な理念、華麗な表現が期待された。聴衆は長い演説でも、辛抱強くつきあった。


テレビの到来でそれが劇的に変わった。大統領の演説は居間で見られるものになり、チャンネルを変えられないように、短く的確な表現が求められるようになった。


ソレンセンによると、ケネディは、伝統的な演説の最後に属するという。「あなたが、あなたの国のために何ができるかを問うてほしい」で知られる就任演説は、今では古風で大仰な感じを覚える。オバマ大統領の演説のほうが文章も短く、語彙(ごい)も平易である。


思想的な「深さ」は不変


しかし、いくらわかりやすくなったとはいえ、米国で政治演説が持つ思想的な深みは、変わらない。


その優れた事例が、前回の大統領選の最中だった2008年3月18日にオバマがフィラデルフィアで行った「さらに完全な連合体に」という演説だろう。…続きを読む

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