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[第38回]どうなる、工学部 「デザインする力」を取り戻せるのか

辻篤子 Tsuji Atsuko (朝日新聞論説委員兼GLOBE記者)


日本の製造業を支えてきた大学の工学部。その足元が揺らいでいる。論文は量産しても、自分で問題を見つけて解き、社会に役立てる工学本来の「設計」の力が弱まっている、と指摘されているのだ。どう改革すればいいのか、模索が始まっている。(文中敬称略)



電機メーカーをはじめ、かつて世界市場で圧倒的な強さを誇った日本の製造業が、アジア諸国との競争で苦戦を強いられている。不振の要因は多岐にわたるにせよ、再生に向けての大きな鍵になるのは、技術開発と人材育成だ。そして、この両面で、ものづくりの基盤を支える役割を担ってきたのは、大学の工学部である。

東京大学工学部石川正俊教授の研究室

工学というと地味な印象があるが、学生数では、国公立大学では最大勢力だ。身近な社会から地球規模に至るまで、さまざまな課題を解決する最前線に位置している。


その工学部に、いま、厳しい目が向けられている。研究成果を社会で役立てる工学本来の使命を忘れてはいないか─。そう指摘するのは、日本工学会長の柘植綾夫だ。三菱重工業出身で芝浦工大学長を務めた経歴を持つ。


いまから7年前の2005年には、海外から日本の工学教育に厳しい評価が突きつけられた。大学の技術教育プログラムが社会で求められている水準をみたしているかどうかを認定する「日本技術者教育認定機構(JABEE)」が、国際的な相互認証を行うワシントン協定に加わろうと審査を受けたところ、次のように指摘された。


「日本の工学教育は、科学的な原則を教えることに重点が置かれ、それを設計(design)の文脈の中で応用する点が弱い」


「他の国々とは異なり、設計面での実地体験が少ない」


ここでいう設計とは、図面を書いたり、意匠を考えたり、といった意味にとどまらない。構想力を持ち、さまざまな学問や技術を動員して、必ずしも正解のない問題に取り組んで実現可能な解決策を見いだすことをいう。そのための訓練が日本では欠けている、というのだ。



論文数重視の弊害?


日本の工学は、本来、学問と訓練のバランスを大事にするものだった。


明治初期に日本で「工部大学校」をつくった英国人ヘンリー・ダイヤーは、当時の英国での一般的な工学教育が専ら技能を教えるものだったのに対し、「科学に基づく技術」こそ重要と考えた。理論と実務を両輪とする、彼にとって理想的な工学教育を日本で実現したのだ。工部大学校は東京帝国大学に編入され、東大は世界初の、工学部を持つ総合大学となった。


科学と技術の両輪は、日本の工学部の強みとなり、高度成長を支えた多数のエンジニアを育てる一方で、ノーベル化学賞の受賞者も生んだ。


だが、この20年ほど、研究面でも分析的な科学に偏り、技術につなげる本来の工学が弱っていると柘植はいう。


その背景として指摘されるのは、「論文重視」の流れだ。とくに1980年代以降、研究評価や研究費の配分に当たって一流の学術雑誌への論文掲載数が指標として重視されるようになった。工学本来の、実社会での応用につなげる部分での研究は不利で、論文を書きやすいテーマが選ばれがちになる。


元東大総長で工学部長も務めた経験のある吉川弘之は、工学設計の重要性を以前から主張してきた。工学部教授だった1970年代末には、世の中にないものを作り出せるエンジニアを育てようと、原発で保守作業をするロボットの開発を題材に選んだ。


原発作業用ロボットは結局、電力会社から拒絶されて日の目を見なかったが、この研究は、ロボットが日本のお家芸になる源流の一つになった。だが、こうした研究は論文にはなりにくく、研究費を得るのに苦労した、と振り返る。


日本に工学を伝えたダイヤーの母国英国はといえば、産業革命を生んだものの、その後、工学は軽視され、製造業も衰退の一途をたどった。その一方で科学が重視され、ノーベル賞受賞者の輩出を誇っている。


だが、その英国でも「工学回帰」ともいえる動きがある。人類に大きく貢献する工学的な成果を上げた人を対象に、「エリザベス女王工学賞」が創設され、来春、初の授賞式がある。工学分野のノーベル賞をうたい、賞金はノーベル賞並みの100万ポンド(約1億3千万円)だ。現在、世界中から推薦を募っている。「工学への関心をかきたて、女性も含めて優秀な人材をこの分野に誘いたい」と賞の目的にうたっている。


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