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[第35回]外国特派員協会の苦悩 会員減、労使にきしみも

五十嵐大介 Igarashi Daisuke(GLOBE記者)





戦後日本の変遷を世界に発信してきた外国特派員の拠点、社団法人日本外国特派員協会(東京・有楽町)の苦境が続いている。メディア環境の変化に加え、協会自体の経営混乱が長期化。経営陣と従業員の対立がこじれ、昨年には訴訟にまで発展した。70年近い歴史を誇る協会は、生き残れるのか。(文中敬称略)





外国特派員協会で会見するオリンパス元社長のマイケル・ウッドフォード氏=昨年11月、東京・有楽町

昨年11月、東京・有楽町駅前の有楽町電気ビル20階。外国特派員協会が開いた記者会見は、内外のメディアから集まった200人以上の記者でごったがえしていた。会見の主は、不正経理を追及し、解任されたオリンパス元社長のマイケル・ウッドフォード。三つの部屋をぶち抜いて会見場にするほどの盛況ぶりだった。米ウォールストリート・ジャーナルがブログで実況中継するなど、世界の主要メディアで広く発信された。


特派員協会は第2次大戦直後の1945年、連合国軍総司令部(GHQ)最高司令官の米元帥ダグラス・マッカーサーに同行して来日した記者らによって設立された。朝鮮戦争やベトナム戦争の間は取材の「中継地」として、海外からの特派員らでにぎわった。メールも携帯電話もない時代。蝶ネクタイ姿で談笑する記者たちを撮った50年代の写真が残っている。場所が移ったいまも、100人は入る会員向けのレストランやバーが併設され、記者の「クラブ」の趣がある。


協会でおこなわれる記者会見は、テレビで見たことがある人も多いだろう。ボクサーのモハメド・アリやソニー創業者の盛田昭夫など、時代を象徴する人物が会見してきた。74年には、当時の首相、田中角栄の金脈問題を追及する場になり、退陣につながっている。

その協会が昨年12月の総会で、公益法人化を目指す方針を決めた。2008年に制度がかわり、特派員協会のような社団法人は、登記すれば設立できる一般法人か、審査が必要な公益法人かを選ばなければならなくなった。公益法人は認められる条件は厳しいが、寄付した人が税金で優遇されるため、寄付収入が見込めるなどの利点がある。


実は、協会の経営状態はかんばしくない。海外メディアの常駐記者などで構成される正会員は、バブル崩壊後の1992年には500人近くいたが、昨年末には約300人にまで減った。収支報告書によると、2006年度に9億円近くあった収入も、会費やレストラン収入などが減り、10年度には8億円を切った。2008年度には約2000万円の赤字になっており、2010年度も実質的な赤字という。




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