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ニュースの裏側

[第22回]

テレビが伝えた震災。現実と影響力の狭間で

一色清 Isshiki Kiyoshi(WEBRONZA編集長・GLOBE記者)

 


 

私は3月末まで2年半、テレビ朝日「報道ステーション」でコメンテーターを務めた。活字の世界からテレビの世界に入り、驚いたり考えたりすることがよくあった。しかし本当の意味でテレビの役割や特性について考えさせられたのは、3月11日から月末までの最後の3週間だったような気がする。

 


 

震災当日、私はテレビを食い入るように見続けた。金曜日は出演日でないため、新聞社で未明まで見続けた。自分ならどうコメントするだろうなどと考えることはなかった。

ただ、映像のすさまじさに驚くだけだった。 押し寄せる津波をヘリコプターから追った映像には、思わず何度も声が出た。「危ない、逃げろ」と言わずにおれないすさまじい迫力だった。世界中のテレビがこの映像を何度も流したと聞く。テレビの力を改めて感じつつ、胸がふさがる思いだった。

 

コメント変更の要望

テレビは影響力の大きいメディアだ。

報道ステーションは視聴率から計算すると1000万人以上が見ているはずだという。表現によっては風評被害を拡大させたり、パニックの引き金を引いたりすることはあり得る。

 

原子力発電所の問題に関しては、番組を作る側はそのことでピリピリしていた。 3月30日、私が考えたコメントに対し、当日の番組の担当デスクが「別の表現に変えてくれませんか」と言ってきた。とても珍しいことだった。

 

私のコメントの趣旨は本番前に担当デスクに伝え、古館伊知郎キャスターに伝えられる。古館キャスターと私が直接打ち合わせをすることはないが、内容は把握している。

スムーズな流れや最低限の危機管理には配慮しながら、やりとりが予定調和にならず生の感じを出すという趣旨だ。

 

 

コメントを求められたのは「津波の塩害で米作りに大打撃」というニュースだった。

 

私は「塩害だけでなく、耕作放棄も増えるでしょう。もっとも影響が大きくなりそうなのは、原発によって土壌が汚染される可能性があることです。こうしたことで作付けが減ると、政府は減反政策を考え直さないといけなくなるでしょう」というコメントを考えた。

 

日本の米作りの基本政策に関わる被害だという点を指摘しておきたかった。

 

担当デスクや番組スタッフがひっかかったのは、「原発によって土壌が汚染される可能性がある」という部分だ。

 

福島産や城産の一部の野菜や牛乳に出荷制限などが出された中、改めて原発周辺の土壌が汚染されているという印象を与えるコメントをした場合、周辺の農作物の風評被害が大きくなる可能性がゼロではないと考えたのだ。

 

土壌汚染の可能性は、誰もが心配することだ。

「福島県が米の作付けを土壌調査がすむまで遅らせるよう指示した」という報道も直前にあった。新聞記事を書くのなら、この表現にひっかかることはないだろう。

 

でも、活字と違い瞬間で消えてしまうテレビの言葉は、発する側の意図が正確に伝わるとは限らない。

「原発によって土壌が汚染されている」という確定的な事実として視聴者は受け取るかもしれない。そう担当デスクに言われれば、杞憂(きゆう)だと切って捨てる自信はなかった。

私は、予定していたコメントからその部分を抜くことにした。

 

新聞と比較すると、テレビは「情」のメディアだと思う。インパクトのある映像は、理屈を伝えるより感情に訴える方に向いている。これほど悲惨な震災を伝えるのだから、テレビはなおさら「情」を大事にしていた。

 

私の最後の出演日になった31日にもコメントに注文がついた。

この日のニュースに「震災からの製造業の復興」があった。私は「日本の製造業の回復力は強く、そう遠くないうちに多くは生産を再開するでしょう。ただ次には電力不足を乗り越えなければならず、本格復興までは多難です」というコメントにしようと思った。

 

これについてはプロデューサーから「回復力の弱い企業もあるはずで、そうした企業にも温かい表現にしてもらうとありがたい」と注文がついた。

 

私の当初のコメントは「理」はあっても「情」がないということのようだった。

 


(次ページへ続く)

 

(文中敬称略)

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