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電力業界との緊張が高まりつつあるなか、村田は02年7月、経産省(01年通産省から改称)の事務次官に就いた。直後の8月、大事件が発生する。東電が長期にわたり原子力発電所のトラブルを隠していたことが発覚したのだ。
経産相・平沼赳夫は30日の記者会見で「言語道断。自浄作用を発揮することを強く求める」と経営陣の退任を迫った。東電の南は9月2日午後、「全く弁解の余地はない」と苦渋の表情で陳謝し、相談役の平岩をはじめ歴代トップ4人の退任を発表する。
関係者の間では「制度改革への抵抗を抑えるため、村田が4人の首をとった」との見方がある。実際、村田は発覚直後の会見で「独占供給を認めているのに、期待値を裏切る」と、トラブル隠しと地域独占を結びつける発言をしている。だが、周囲には「4人の退任に跳び上がるほど驚いた。トップが辞めるという責任の取り方はおかしい」とも話している。
東電の怒りは激しかった。「トラブル隠しは発覚のずっと前から経産省と相談し、調査にも協力してきたのに、独り悪者にされた」(幹部)からだ。
電力業界は経産省への巻き返しに出る。
京都議定書が求める二酸化炭素排出抑制のため経産省が導入を進めていた石炭への新たな課税制度を、発送電分離に対する「人質」に取ったのだ。
舞台となった自民党エネルギー総合政策小委員会の委員長は、後の経産相で電力族として知られた甘利明、事務局長は東電副社長を経て参院議員になった加納時男だった。自民党議員が「十分議論されていない」といって強硬に反対した。
村田らは、石炭課税制度の導入を優先することを決め、発送電分離の主張を弱める。温暖化対策は待ったなしだが、電力制度改革はいずれまたできる、との判断だった。02年11月を境に自民党内の反対は沈静化した。12月には、総合資源エネルギー調査会の分科会も、「発電から小売りまで一貫した体制の存続」と明記した答申案をまとめる。発送電分離はあと一歩で頓挫した。
現役官僚だったころの村田は、政治家や財界人にこびなかった。城山三郎の小説「官僚たちの夏」のモデルとなった通産次官・佐橋滋のイメージを重ねる同僚もいる。その気骨を買う上司もいた。改革を説く村田の「信者」になった部下も多い。
ただ、強烈な個性に「敵」も多かった。現役官僚の一人は言う。「幹部なら省を守るため、政治家とパイプを築くことも必要だが、それができない。だから私は、彼を『主流派』と呼びたくない。『電力いじめ』も子供の遊びのようだ」
豪腕と言われた村田は、次官を2年務めた04年夏に役所を離れる。後任次官の杉山秀二、北畑隆生を経て、08年夏には望月晴文が就任。村田が推した経済産業政策局長の鈴木隆史は特許庁長官に回る。村田に近い官僚は主流から外れ、省内の電力改革への熱気は薄れた。
しかし、いま、温室効果ガスの排出削減に向けて、送電線網をめぐる状況には新しい波が起き始めた。
オバマ米大統領がグリーン・ニューディールの柱にすえる「スマートグリッド(賢い送電網)」。電気機器も効率的に制御して電力消費を抑えると同時に、自然エネルギー由来の電気を多く受け入れる基盤である。
日本の電力業界は、発電量や電圧が変化しやすい自然エネルギーを受け入れると「安定供給が脅かされる」と消極的だ。確かに、9電力が各区域で送電線網を整備し、容量の小さな送電線でか細くつないでいる現状では限界があるとの見方が強い。
村田は07年10月、NEDOの理事長に就いた。石油危機が大問題だった約30年前、村田がエネ庁総務課長補佐としてその設立に携わった組織だ。そのNEDOは今年6月、太陽電池の発電コストを既存電力並みに引き下げる技術開発戦略を発表。スマートグリッドの実証研究にも乗り出そうとしている。
村田はいま、こう発破をかける。「新エネルギーは、世界が競争を始めている。戦略的にやらないといかん」。これまで身をかがめていた、村田の思想に共鳴した官僚たちの熱気は蘇るのか。現役官僚の一人は言う。「問題意識はいまも持ってますよ」
(文中敬称略、肩書は当時)