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ニュースの裏側

[第4回] 経産官僚が仕掛けた電力改革

「発送電分離」は時を経て蘇るのか

小森敦司  Atsushi Komori 編集委員

日本列島を9地域に分割し、それぞれの電力会社が発電から送電、配電(小売り)までを独占する。このシステムを根本から変えようとした官僚がいた。経済産業省(旧通商産業省)の元事務次官、村田成二(65)だ。

 

電力事業で多様な企業を競わせ、他の先進国に比べて高い電力料金を引き下げ、日本経済を活性化したい──。村田は「発電と送電の分離」に挑み、7年前、電力会社と政治の厚い壁に跳ね返された。

しかしいま、政権交代を機に、日本の温室効果ガスの大幅削減は国際公約になり、風力発電や太陽光など自然エネルギーの利用急増が不可欠になった。村田が目指した発送電の分離を進めた欧米は、新規参入者も送電線を自由に使えるようになり、自然エネルギーの導入が促進されている。
その村田は、現在、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)理事長。「送電線網の使い方を改めて考えないといけない」と確信を強めている。

「電力は自己変革しない」

話は10年以上前にさかのぼる。
時の通産相、佐藤信二は、佐藤栄作元首相の次男。元東京ガス会長・安西浩の長女が妻だった。電力業界とは因縁がある。
その佐藤が97年1月、年始の記者会見で、「爆弾発言」を放った。
「発電、送電事業の分離はタブーとされてきたが、大いに研究すべき分野だ」。村田本人は否定するが、半年前まで電力業界を所管する資源エネルギー庁の次長だった村田に近い官僚が振り付けたのは間違いない。

それまで通産省と電力業界は、強い癒着関係があった。電力業界は不況時には設備投資を前倒しして景気対策に協力。通産官僚の「天下り」も受け入れてきた。国策の原子力発電は官民一体で進めた。
規制に守られ高収益を維持できた電力業界は、東京電力会長の平岩外四を経団連(現・日本経団連)会長(90年12月~94年5月)に送り出し、各電力会社は、その地域の経済団体トップをほぼ独占した。
力の源泉は、発電から送電・配電まで一貫して担う「発送電一体」にあった。発電所や送電線などの巨額の設備投資と燃料調達を前に、重電メーカーや商社など多くの取引先がひれ伏した。
一方で、90年代のバブル崩壊と景気低迷を背景に、割高な電気代への批判も産業界に出始めた。ところが、「電力側は自己変革しない。その兆しさえなかった」と、村田に仕えたエネ庁の元幹部は振り返る。
「9電力体制」こそが「現代の幕藩体制」であり、このままでは「高い電気代」で日本の競争力が損なわれる。そう考えた村田とその部下たちは電力制度改革に着手する。

世界では欧州を中心に電力の自由化が進んでいた。新規事業者も含めて競争させて料金を下げ、欧州統合に向けて国境を超える効率的な電力取引市場をつくろうとしていた。
村田は改革の本丸を「発送電分離」と見定めた。電力会社から送電線網を切り離し、新規の発電事業者にも公平に送電線を使わせることが、必要な条件整備と考えた。
既に、94年に公益事業部長となった村田は、約30年にわたり誰も手をつけられず、「不磨の大典」と言われた電気事業法の改正を95年に実現、まず電力会社に電力を売る「卸」発電事業者の設立解禁にこぎつけた。電力卸会社の「電源開発」の民営化も、97年に閣議決定に持ち込む。後に電力会社が持つ株もすべて放出させた。電力との闘いの先兵にしたかったからだ。

自由化、「小売り」まで拡大

官房長になった97年、今度は電力の小売り部門の自由化を仕掛ける。米国の対日規制緩和要望に「電力自由化」を盛り込むため、ワシントンに部下を送った、と業界関係者は語る。00年3月には、電力の大口需要家向けの小売りを、商社や鉄鋼など新規参入者に解禁した。
そして01年11月、総合資源エネルギー調査会(経産相の諮問機関)の分科会で、家庭まで含めた小売り自由化の議論を始める。自由化の実を上げるため、発送電分離にまで踏み込むかが焦点だった。分科会メンバーだった大学教授は振り返る。「経産省からは『発送電分離でいく』という決意がひしひしと伝わってきた」。当時の公益事業部幹部も「発送電分離につながる電気事業法の改正案の骨格をいろいろ書いた」と認める。
これに、東京電力社長の南直哉は02年4月、家庭まで含めた自由化までは受け入れを表明するが、「責任ある発送電一貫のシステムが日本において役割を果たしている」と述べ、発送電分離を拒否する姿勢は崩さなかった。電力業界は自由化が進んだ米カリフォルニア州で01年に起きた大停電の例を使って、電力の「安定供給」には発送電一体が必要とPRに努めた。

(次ページへ続く)

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