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世界と日本を考える

[第8回] ハラキリとMangaのはざまで
〈文化輸出〉に必要なもの

塩谷陽子 Yoko Shioya ジャパン・ソサエティー芸術監督

大量の政府補助金を受けたAIGの「巨額ボーナス事件」が起きた3月半ば。アイオワ州の共和党上院議員が「日本の慣習を見習って、AIGの幹部陣が公衆に深く頭を垂れて謝罪し、辞職か自殺をしたなら、私の気も少しは晴れる」とラジオ番組で発言し、「議員、AIG幹部にハラキリを示唆」と米国各地で報じられた。
この報道に「いまだに、日本と言えばハラキリ、フジヤマ、ゲイシャか……」とウンザリし、同時に「わかってないなぁ、日本人にとって不祥事を起こした会社の取締役連中が揃(そろ)って頭を下げるなんて儀式以上の意味なぞないのに」と失笑してみたりもした。けれどその後で、「まぁいいか」と前向きに思ってもみる。

塩谷陽子氏

議員の「自殺」発言を「日本人→責任をとって死ぬ」という文脈から「ハラキリ」に置き換えたのは、各種の報道機関である。この言葉が注釈不要で使われたということは、日本の単語と日本の古い慣習とが米国において正しく認識されている証拠。そう思っての「まぁいいか」である。
「日本文化の《正しい》理解」という面について、もうひとつ例を挙げよう。筆者がニューヨークに移った1980年代後半。日曜朝のテレビ番組で『マッハGoGoGo』が『Speed Racer』と改題され、英語で放送されているのを見つけて驚いた。聞けば、米国でも60年代後半から放映されているという。
同作品は昨春、CGと実写を駆使したエンターテインメント・ハリウッド映画に変貌(へん・ぼう)。劇場公開に先駆けてジャパン・ソサエティー(JS)で特別試写会を設けたが、日本通のアメリカ人が多いJSにおいてすら、出自が日本だと知らずに来た観客が何人かいた。
昨今、米国大手のブックチェーン店のコミックコーナーには、週刊少年ジャンプの連載漫画『NARUTO』の英訳版がずらりと並んでいる。これを米国産と信じて育つ米国の子供も多かろう。いまや全米どこの大学のカフェテリアにもスシが置いてある時代、スシは韓国で生まれたと信じている若い韓国系米国人に出くわしたことが何度もあるくらいなのだから。

市場に委ねていいか

ある文化的素材がポピュラーになることと、それが《正しく》認知されることとは無関係……というより、むしろ昨今では、知られ方が広がるほど「正しさ」からは遠のいてしまうようですらある。何にせよ「いまだ」で形容されるハラキリやフジヤマ・ゲイシャの古い日本文化と、近年盛んに輸出されてパワーをふるい始めた新しい日本文化との間には、浸透の仕方に差異がある。
その差異は、伝わるルートの違いでもある。ハラキリやフジヤマ・ゲイシャを欧米に伝えたのは、当時日本を見た欧米人その人たちだった。一方、近年日本が好んで「ソフトパワー」と呼ぶたぐいの文化・物産を海外に届けたのは、市場という仕掛けである。
『マッハ…』をはじめアニメなどのソフトが広がったのは、国の文化外交の賜物(たま・もの)なぞではなく、市場先導で起こったものだ。市場は「正しさ」には無責任だが、パワーをふるう。そこに国が「ソフトパワー、文化の輸出」という言葉を冠して《便乗》しただけだ。

(次頁に続く)

塩谷陽子氏の略歴

1960年東京生まれ。東京芸術大学音楽学部楽理科卒。88年の渡米を機に、活字メディアで文化欄・芸術コラムの執筆を開始。97年から日米の相互理解を図る米非営利団体、ジャパン・ソサエティー舞台公演部勤務。06年から舞台部門と映画部門を統括する芸術監督。

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