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メディア最前線

[第13回] 希望届ける「亡命メディア」

山本博之 Hiroyuki Yamamoto 大阪社会グループ


独裁者に支配された国から亡命した人々が始めることが一つある。自分たちの「声」を持つことだ。

軍事独裁政権が続くミャンマー(ビルマ)。国内メディアは厳しい検閲を受け、軍政に不都合なニュースは流せない。代わって、国外に逃れた人々から産声を上げたメディアが成長し、独裁者を悩ませる。

「先週、大佐ら6人が首都から前線へ異動となった……軍政高官の2008年の平壌訪問に関する写真や文書が昨年、メディアに漏れた。北朝鮮の技術支援で造られた可能性があるトンネルの画像も含まれていた……異動は情報漏れと関係があるかもしれないと専門家はみている」

亡命メディア大手の一つ「イラワジ」(タイ・チェンマイ)の1月16日付の記事だ。ミャンマーの大河イラワジ川の名をもらった。「国外にいても言葉は同じ。インターネットや携帯電話のおかげで、国内との情報交換は広がっている。軍政内部からさえ情報を得ている」と編集長のアウン・ゾー。ミャンマー国内にも内密に記者を置く。

「軍政も熱心な視聴者」

死者数千人ともいわれる1988年の民主化運動弾圧で、学生活動家だったアウン・ゾーも1週間拘束されて拷問を受けた後、隣のタイに逃れた。93年、国際社会に訴えたいと、3人で、英語雑誌「イラワジ」第1号を白黒10ページで500部作り、外国の大使館などに配ったのが始まりだ。それが今、民主化運動で8年間入獄した弟も加わってスタッフが50人。英語とビルマ語のウェブサイトを月計15万人が訪れ、カラーの月刊誌を4000部以上発行、うち1000部がミャンマー国内に送り込まれている。

ネット時代、亡命メディアの発信力が、格段に高まった。国内外の読者をつかみ、独裁政府も無視できない

亡命メディアは、ミャンマー国内の一般市民や国際社会向けに報じるだけではない。

「軍政も熱心な視聴者だ。国営新聞や国内のラジオでは、現実に何が起きているか分からないから。役所の中でも番組を見ていると役人が言っている」と、放送局「ビルマ民主の声」の編集長エイ・チャン・ナイは言う。元民主活動家で、92年に短波ラジオ放送を始めて、05年からはビルマ語の衛星テレビ放送をミャンマー国内に届ける。当初、4人で設立された「民主の声」は今、スタッフ200人を擁し、ノルウェーの首都オスロを本拠とする。

軍政も視聴している証拠に、ミャンマー国営新聞は連日、英BBCなどとともに「民主の声」の名を挙げて、「惑わされるな」との標語を掲載する。犠牲も大きく、07年の僧侶らによる大規模なデモ以降、国内で記者ら約10人が逮捕された。14万人の死者・行方不明者を出した08年のサイクロン「ナルギス」の被災孤児を取材し、フリーカメラマンらをたたえる「ローリー・ペック賞」(英国)を贈られたカメラマンも逮捕された一人だ。

ミャンマー東部のシャン州を中心に報じるウェブや雑誌の「シャン・ヘラルド・エージェンシー・フォー・ニュース」(チェンマイ)などの地域メディアまであって、01年には約20の亡命メディアの記者らで作る「ビルマメディア協会」が発足、報道の質の向上を目指してタイなどで毎年会議を開く。
協会幹部は「いつか帰国して、言論の自由を実現したい。その準備もしなければ」と話す。

収入源が乏しい亡命メディアを含む外国メディアの支援に取り組むのが、欧米の政府や財団だ。その一つ、「全米民主主義基金」が設けた「国際メディア支援センター」(ワシントン)の08年のメディア強化報告書によれば、米国からの支援は、米国際開発局やジョージ・ソロス創設の財団「オープン・ソサエティー・インスティテュート」などから計1億4200万ドル(06年)、米国以外からの支援も年1億ドル以上あるとみられ、記者教育や組織運営にあてられている。

冷戦終結後、民主的な発展には、独立したメディアの育成が不可欠だと広く認識されるようになり、90年代は旧ソ連と東欧に支援が集中。他地域へも育成計画は広がって、「アフリカのコミュニティーラジオから、中南米での調査報道の教育まで」と報告書はうたう。同時に支援の拡大も提言する。

(次ページへ続く)

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