![]()
![]()
新しい未来の形として、ヒトのもつ様々な能力を、最新の技術で拡張する(アップグレードする)試みも始まっている。06年に研究所長に就任したフランク・モスが音頭をとる「ヒューマン2.0」である。研究の先頭にたつのは、登山家としても知られるヒュー・ヘア。事故で両足を切断したヘア教授は、自らも用いるコンピューター制御の義足に様々な機能を追加し、人間の運動能力を向上させる研究を続けている(写真右下)。

両足切断という「ハンディキャップ」を乗り越え、再度登山に挑戦する彼は、岩場の状況に応じて義足の「プラグイン」モジュールをつけ替え、普通の人間では登坂不可能な場所をも克服できる。最新技術を活用することで「障害」「ハンディキャップ」という概念をなくし、「アップグレード」のチャンスに変える。それが彼のビジョンである。開発した義足は、イラクで負傷した米傷病兵や、地雷で足を失った人々の新しい「足」として活用されている。
「ヒューマン2.0」の研究は、他の分野にも広がる。加齢や認知症で衰えた記憶機能をデジタルメモリーを用いて、補強することはできないか。視力の衰えを人工網膜など新しい技術やデバイスで回復させられないか。国際的に、その独創性で知られ、人間が中心にあることにこだわってきたメディアラボの面目躍如といったプロジェクトである。
なぜ、こうした新しいアイデア、ビジョンを、メディアラボは生み出し続けられたのか。ひとつは、デザインとアート、サイエンスとエンジニアリングが、不可分のものとして一体化した、その研究環境にある。
創設者のネグロポンテ教授はよく、設立当時の研究所を「サロン・ド・レヒュジー(難民サロン)」と表現した。専門の学部・学科に細分化された大学や縦割り組織の企業の研究所の枠には収まりきらない、ユニークな夢をもった異端児を集めたからだ。


その伝統は四半世紀がたった現在も変わらない。約30人の教授陣に名を連ねるのは、人工知能、音楽、映画、ホログラフィー、映像通信など、全く異なる分野の逸材たち。しかも、メディアラボでは、それぞれが科学者、技術者であるだけでなく、芸術家、デザイナーであることが求められる。自らの専門領域とは異なる分野の価値観を理解し、それぞれの分野の言語に自分の研究の価値を翻訳できる能力が必要になる。
そして、メディアラボの強さのもうひとつの根源は、その競い合いの厳しさにある。それを「競創」と私は名付けた。
メディアラボに限らず、MITに在籍する教授たちは、世界トップの研究実績が求められる。在籍6~7年で、その要件を満たしていることを証明しなければ、MITを去らなければならない。メディアラボの場合、ネグロポンテ教授が掲げたスローガンは「Demo or die」、つまり「形にしてみせろ。できなければ、去るしかない」である。自らの発案したコンセプト(概念)を形にして、みなに納得させる。独創性(オリジナリティー)と影響力(インパクト)を持っているかが問われる。
NTTの研究所から95年にメディアラボに移った私に、ネグロポンテ教授は「まったく新しいことをやれ」と告げた。それまでの研究の延長線上ではなく、研究の「リブート(再起動)」を求めたのである。「成功は最大の敵」を口癖とするネグロポンテ教授ならではの指示だったが、その言葉があったからこそ、「タンジブルビット」という新しいビジョンを生み出し、在籍6年目で「テニュア(終身在職権)」を得ることができた。
「金太郎あめ製造機」から生み出されるような等質なスキルや思考法では、突出した独創性や多彩な領域を貫き通す研究風土は生み出せない。一流の科学者・技術者がトップクラスのアーティスト、デザイナーにもなり、互いに競い合い、共鳴しあいながら、新しいものを生み出していく。そんなルネサンス的な環境こそが、メディアラボの強さといえる。