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世界の食を訪ねて

おいしい料理とアート 価値があるのはどっち?

[第17回]マイケル・ブースの世界を食べる





素材の彩りから盛りつけまで、近ごろアートな料理が花盛りです。

でもやっぱり味が大切なのでは。筆者がたどり着いた答えは……。



料理は果たしてアートなのだろうか? レストランとギャラリーの境界はここ最近いっそう交錯し、とけてゆく一方だ。同世代で名の知れたシェフの中には、自分を芸術家だと思いたい人もいるらしい。かつてスペインの前衛的レストラン「エル・ブリ」を率いたフェラン・アドリアは料理人として初めて、ドイツの国際美術展「ドクメンタ」に参加した。フランス人シェフのピエール・ガニェールは『料理、このアートの神髄』なる本を共著で出している。イタリア・モデナの三ツ星レストラン「オステリア・フランチェスカーナ」のマッシモ・ボットゥーラによる極めてコンセプチュアルな料理は、もっと深遠な意味をつきつけてくる(彼自身、優れた現代美術コレクションを所有してもいる)。


確かに食べ物は、芸術の「対象」であり続けてきた。洞窟壁画の狩猟風景、ローマ時代のフレスコ画に見る饗宴、ルネサンス期にアルチンボルドが野菜や果物で描いた肖像画、オランダ絵画黄金時代の画家たちによるみずみずしい魚や果物の静物画。20世紀初めにはイタリアの未来派が調理から食べることまでをパフォーマンスアートにしようと試みたし、パンでできたダリの寝室も思い浮かぶ……。いやあれは夢だったろうか。

とはいえ、レストランという枠の中で食べられる芸術作品をつくろうとするシェフたちの熱意はわりと歴史が浅く、その分少なからず物議を醸している。彼らのドヤ顔は小ばかにするにはもってこいで、私もついやってしまう。かの男たちは(自分の料理をアートだと主張するのは決まって男だ)、全世界から注がれるメディアの視線や様々な賞、食に関するシンポジウムへのひっきりなしの講演依頼で自己愛を膨張させ、ときにお金と引き換えに人のおなかを満たすという自分の仕事を忘れているように思える。芸術家どころか、我こそが世界を救う慈愛の神、とでも言いたげなシェフまでいる。



(次ページへ続く)

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