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世界の食を訪ねて

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グルメな人ほど食事は貧しい? 食番組ブームの大いなる矛盾

[第6回]マイケル・ブースの世界を食べる

photo:Semba Satoru



テレビをつければ食に関する番組ばかり。でも、宅配ピザを食べながら、マカロンの作り方に詳しくなっているという本末転倒ぶりだ。食の世界においてもバーチャルリアリティー化が進んだら、どんな未来が待ち受けているのだろうか。



食がテーマのテレビ番組を見れば見るほど家で料理をしなくなり、食生活が貧しくなる。現代における大いなる矛盾の一つだ。


日本滞在中に、テレビのチャンネルを回していると、この国の関心事は食べ物以外にないのかと疑ってしまう。番組の実に2本に1本は、食べ物がテーマのようだ(運が悪ければ、私が出ている番組に出くわす方もいるだろう)。と同時に、自宅で料理をする日本人は、減る一方だという話をよく耳にする。


つまり、テレビを見る時間はあるのに、料理をつくる時間はないということだ。一体何が起きているのか?


これはもしかして世界の終わり、文明における栄枯盛衰の最終局面かもしれない。他人が料理している様子を、ソファに座ってインスタントラーメンや宅配ピザを食べながら長時間見るなんて、何かが間違っている。この食番組への執着はある種、霊的信仰の代わりと言えるのではないか。最高のマカロンの作り方や、一番いけている具を入れているラーメン屋のオヤジを見て、気を紛らわせているのだ。さもないと、この神なき世界における諸行無常の空しさに、思いを巡らせるはめになるから。


「仮想飲食」の世界


スポーツや芸術も似たような役回りかもしれない。でもスポーツは必ずしもパティスリーほど美しくないし、芸術は往々にしていささか退屈だ。一方、食は見目麗しく、対決方式にすれば面白くなる。危うさ、やじ馬根性、目の保養。食番組には、この全ての要素がつめこまれている。


それだけでなく、食文化はそこに住む人の地理や経済、歴史に加え、秘めたる願望や、目に見えぬ不安までをも浮き彫りにする。だから私は食番組の擁護派になった。食に関する文章を書くのが好きなのも、人への興味が尽きないからで、食こそが人間、あるいはその国の核心に一番迫りやすい方法だと思っている。

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