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「当店の『たこやき』は、イカを使用しております」―カンボジア水産事情

もりぞおの『サムライカレー、世界を喰らう!』[第4回]


カンボジア・プノンペンの某ショッピングモールに、日本人にとっては衝撃的な、こんな看板がありました。


「当店の『たこやき』は、イカを使用しております」


たこ焼きの根底を覆す、イカ入りのたこ焼き。

この看板は、日本人観光客の写真撮影スポットになるくらいの人気ぶりでした。

なぜ、このようなことになっているか、今回はこれを分析してみます。


みなさん、カンボジアという国を想像して、物価ってどんな感じだと思いますか?

アジアの貧しい国といわれるカンボジア。そもそも、日本で売っているようなものが売っているのか? 物価も、「タダに近いくらい安いのでは」と想像している人が多いのではないかと思います。


しかし、実際首都のプノンペンに来てみると、日本とほぼ同じようなイオンモールがあり、街中にもコンビニやスーパーがあります。きちんと冷えたコカ・コーラやかっぱえびせんが置いてあり、カンボジア人も日常的に飲食しています。コカ・コーラの値段は50円程度、かっぱえびせんも80円程度と、日本の半額から1/3程度なので、安く買えるものもたくさんあります。


そんなカンボジアのマーケットの特徴として、「国産品は安い。輸入品は高い」というものがあります。

例えば、清涼飲料水。

日本のコンビニに行くと、清涼飲料水の値段はだいたい150円くらいで、時々セール品が10~20円安い、プライベートブランド製品が30円くらい安いとかそのようなレベルですよね。

しかし、カンボジアのスーパーマーケットの場合、

コカ・コーラ 0.43ドル(約49円)、チェリーコーク 0.97ドル(約110円)、緑色のコカ・コーラ「Life」1.97ドル(約227円)となります。



同じような製品であっても値段が2倍3倍になることがしばしばです。


これは、製造コストが安いカンボジアで作る場合、原価が安いので0.5ドル以下で売れるのに対し、やや製造コストが高く、輸送コストもかかるタイから輸入してくると1.0ドル近くになってしまうためです。さらに遠く、物価も高い日本やアメリカから輸入してくると、もっとコストがかさみ、2ドル近くになってしまうわけです。


したがって、スーパーで買い物をするときは、きちんと値段を見て買わないと、いきなり高くなり驚くことになります。これが、日用品のほとんどを国内で生産する日本と、生活物資のかなりの割合を輸入に頼っているカンボジアの違いです。


このようなことは、あらゆる製品で起こります。

そのひとつが「タコ」と「イカ」です。


カンボジアの人は、イカはけっこう食べます。

道ばたの屋台では、このように干したスルメが売っています。



その場で焼いて、はさみで一口サイズに切って出してくれます。現地の人たちは夕方、涼しくなってきた路上で、スルメとビールを楽しんでいます。


また、大きいスーパーでは生のイカもふつうに売っています。



このように、イカは市場に流通しているのですが、タコを見ることはめったにありません。カンボジア料理でもタコはあまりつかわないようです。


「じゃあ、カンボジアでタコは手に入るのか?」

意地になって探してみると、外国人向けの食品配送業者のリストにタコがありました。



なんと、日本からの輸入品でした。

ちなみに、同じカタログの中で、イカはタイからの輸入で1キログラムあたり11.99ドル。タコの半額以下です。


カンボジアという国は海に面した部分が非常に少ない。



海産物は、この非常に限られた海から採るか、ベトナムやタイから輸入するのが基本になっています。イカはそれなりの量をこの海で採れるため、カンボジアの国産ものも入荷できるのですが、どうやらタコはとれないようです。


つまり、「当店の『たこやき』には、イカを使用しております」は、安く流通しているイカを使ってお手頃な価格でたこ焼きを提供するための企業努力だったのです。


ちなみに、「たこ焼き」という名前を使う必要があるのかという問題もあるでしょうが、日本のアニメなどで「たこ焼き」という呼び方を知っている若者もいるため、あえて「イカ焼き」ではなく「たこ焼き」としていると思われます。このような諸般の事情により、名前の由来はどんどん形骸化していき、「名は体を表さず」になっていきます。


そんなの詐欺だ!と思うかもしれませんが、そもそも「Takoyaki」という名前であり、カンボジア人を含む日本人以外の人にとって「Tako」というものは「Octopus(オクトパス=足が8本生えた軟体生物)」と認識されているわけではないので問題ありません。


これは、モスコミュールというカクテルが、本来、ウォッカとジンジャービアで作るものなのに、日本人はジンジャービアを知らないので、ほとんどの居酒屋でウォッカとジンジャーエールで作られているのと似ています。


そして、たこ焼きに「タコ=Octopus」が入っていないと文句を言いそうな日本人に対してのみ、冒頭のような看板をつけて対応をしているというわけです。


ちなみに、同じモールに入っている、日本でもおなじみの「銀だこ」は当初からタコを使っており、こだわりを感じます。その分、この店よりもお値段はお高く、この店が4個入り1ドルなのに対し、銀だこは2.5ドルもします。 どちらが売れているかというと、私が見る限り、前者の「イカを使用しております」の方です。




つまり、日本人以外の人にとってみれば、


タコの代わりにイカが入っている → そもそもタコが入ってるなんて知らないからどっちでもOK

安いイカを使っているから、値段も安い → 安いは正義

となり、「イカ入りたこ焼き」の方が魅力的になるのです。


このように、食材一つとっても、その国の流通状況や顧客のし好があらわれて非常に興味深いです。そして、必ずしも日本と同じものを作るのが正義でないというところが、飲食ビジネスの奥深いところです。


なお、2016年4月現在、この「当店の『たこやき』は、イカを使用しております」の看板は姿を消し、この店のたこ焼きにもお値段すえおきでタコが入るようになりました。これは顧客のし好なのか、カンボジアでも安く簡単にタコが手に入るようになったからなのかはわかりません。


発展途上国カンボジアは、このように日々進化・発展しているのです。


ちなみに、カンボジア=貧しい国=物価が安いと思われています。実際に庶民が普通に小さなレストランで食べるものは1食1ドル(115円)くらいです。

しかし、多くの日本食レストランは3.5~6ドル(400~690円)くらいです。


なぜ、このような価格になってしまうのかは、次回、さらに詳しく掘り下げていきます。

(次号に続く)



【筆者紹介】



森山たつを


早稲田大学理工学部、日本オラクル、日産自動車、ビジネスクラスで世界一周旅行などを経て、日本人が海外で働く方法を研究する「海外就職研究家」となる。


海外就職に関する書籍、記事などを執筆する傍ら、日本人が苦手としている「外国人とのコミュニケーション」「失敗前提でのチャレンジ」「リアルなビジネス」を体験する研修プログラム「サムライカレープロジェクト」(http://samuraicurry.com)を運営。カンボジア・プノンペンにあるカレー屋を使っての研修プログラムは、既に120人以上の卒業生を輩出している。


主な著書に「セカ就!世界で就職するという選択肢」(朝日出版)、「普通のサラリーマンのためのグローバル転職ガイド」(東洋経済新報社)などがある。


連載:もりぞおの『サムライカレー、世界を喰らう』

 第1回:カンボジアでカレー屋を作ったら、カンボジア人がカレーが嫌いだということがわかりました

 第2回:カンボジア人に「カレーを美味しくしてくれ」と頼んだら、彼女は練乳に手を伸ばした

 第3回:カンボジア人が好きなカレーを作るために、カンボジア人の家に突入してみた

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