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記録の力

官僚目線の議論を/30年前に不正事件相次いだ豪州の教訓~日本アーカイブズ学会報告から

4月中旬、日本アーカイブズ学会の年に1度の大会が開かれた。その中で、「アーカイブズとアカウンタビリティ(説明責任)」をテーマに公文書管理のよりよいあり方が議論された。歴史家の視点からの問題提起をした東大大学院の川島真教授と、豪州が30年前に経験した不正事件とその後の制度整備を日本の現状と比較したアーキビストの大木悠佑氏の話を紹介する。(GLOBE記者:高橋友佳理)

日本アーカイブズ学会2018年度大会での討論の様子=写真はいずれも高橋友佳理撮影

川島真・東大大学院教授(アジア政治外交史)

官僚にインセンティブを


まず国家と国家の構成員である国民との間の契約関係の根幹として、アカウンタビリティーがある。構成員が国家のやっていることを検証するためにアカウンタビリティーやトランスペランシー(透明性)が担保されるべき。そのアカウンタビリティーと透明性を考える上で、大きな論点として考えるべきなのは、アーカイブズを作る人の目線だ。中央政府の官僚たちがいつ、どういう風に、行政文書やメモを作っているのか。そして、局を超えて標準化しようというベクトルを持っているのか、将来に向けて説明をしようというモチベーションを持っているのか、ということを含めてだ。もしそうしたモチベーションを持っていないのであれば、ある程度自己弁護でもかまわないから、証拠をしっかり残して、将来に説明する行為をやっているんだという風に意識を変えていかないといけない。


現在の諸制度の中では、多くの官僚はおそらく、きわめて合法的に対応していると思っているはずだ。法律を読んで、これなら大丈夫だという見積もり感がある。それにもかかわらず、(森友・加計学園の問題などで)猛烈に批判される。そうしたときに、一般論としておそらくは非常に極端な反応が官僚たちから出る。「だったら一切残さない」と。印を押した決裁文書にはほとんど何も書かずに、全部「別紙」として何も残さない、ということになりかねない。歴史家としてそのことを危惧している。文書をしっかり作ることがインセンティブ(励み、動機)を与えるような方向に、モチベーションを与えることを含めて考えていかないといけない。


もちろん、自分たちに都合のよいものだけを行政文書として、さらに都合のいいものだけを永久保存にして残す可能性もある。これは日本の制度の弱さだ。でも当事者がそのときに、どのような言葉を使って自己正当化をはかったか、うそをついたかということも歴史。こういう風に正当化すれば受け入れられるという風に考えた、その考え方そのものが歴史。「そのような公文書というものをその時代が許容した」という言い方をした人もいる。

日本アーカイブズ学会2018年度大会で講演する川島真氏



外交文書を公開する意味


外交文書は独特の制度として発展してきた。相手がいる世界だから、相手が先に公開してしまうと、こちらとしてはどうしようもない状況になるので、公開しなければいけないというストレスがかかってくる。日本はこの部分について、必ずしもきちんとやってきたわけではなく、むしろアジアの他の国々の方が先に進んでしまった。私が作った「アーカイバル・ヘゲモニー」という言葉は、文書をきちんと公開していかないと、歴史の語りが違う国に奪われていく、文書を公開しないと相手の国の対外的な宣伝に使われてしまい、我が国の立場は世界に知ってもらえないということを意味する。このように政府の側に言うと、責任ある立場の人が「やらなきゃいけない」と思ってくれる。


最近は、外交の分野に新しい要素が加わってきた。パブリック・ディプロマシー(広報文化外交)という観点だ。昨年末の日本政府による外交文書の公開は、大変なインパクトを中国に与えたと思う。特に80年代、1986年の中曽根総理と、失脚直前の胡耀邦総書記、趙紫陽総理、鄧小平主任それぞれとの会見記録が赤裸々に公開された。中国側がコントロールしているメディアにはない鄧小平や胡耀邦の言葉がそこには含まれていた。それが日本語さえ分かれば、読むことができる。当然、中国側ではインターネットでのアクセスやダウンロードを不可にしたが、噂で伝わってしまう。これは国民に対する説明責任ではなく、ある種のパブリック・ディプロマシー。意図してか結果的にかは分かりませんがそうなった。


アジア歴史資料センターにおける文書公開についても、1945年までだったのが、日中国交正常化の72年までの資料を公開する方針になった。宣伝と紙一重になりやすいので、誰かが入って恣意的にならないようすることが必要だが、このようなパブリック・ディプロマシーの論点で訴えると、文書を公開するための予算が付きやすい。


いま台湾では大きな事件が起きている。現在の政権与党である民進党が、1945年の中華民国政府による台湾接収以後の国民党の文書も公文書である、とみなす法案を通したのだ。一党独裁なので党と国家は同一視するということだ。国民党の財産基盤を崩す政治的目的が民進党政権にはあるのだが、これは将来に公文書の「公」の範囲が変わるということがあり得るということ。これは応用問題になるが、将来における説明責任を考えたときに参考になる事例かと思い紹介した。


あら探しにつながらないために

物事が起こっている最中に情報公開で文書が公開されると、個人名が出てくるので、本来、説明責任は個人にあるわけではないのに個人にいってしまう。その人が攻撃されることになりかねない。しかし役人の名前を全部伏せて、というわけにもいかない。いったんは官僚目線を理解した上で、制度を考えないといけないだろう。こうした点に、アーカイブズ学会やメディアで了解事項を作っていかないと、何も記さないでおこうなどというように議論が先走っていく。


アーカイブズについて分かりやすく知ってもらうためには


社会との関係性で考えたときに、やさしく説明せざるを得ない領域がある。学校教科書だ。発表された2022年度から実施予定の新学習指導要領で、「歴史総合」「地理総合」「公共」の3科目が新設されることが決まった。この「公共」にアーカイブズは入っているのだろうか?毎年100万人以上の生徒が学ぶなかに、それをきちっと盛り込んでいかなくてはいけない。そうした上で、手に取りやすい新書レベルで本が並び、ネットにも情報があって、知りたいと思って調べた人がアクセスできることが重要だ。

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かわしましん 1968年生まれ。北海道大助教授などを経て現職。専門は中国外交史。


学習院大学院で研究する現役行政アーキビスト 大木悠佑氏

30年前、豪州で起きたこととは

日本アーカイブズ学会2018年度大会で講演する大木悠佑氏

オーストラリア(以下、豪州)では1980年代に政府機関の不正事件が相次ぎ、そうした事件に記録の不適切な管理が密接に関わっていたことが明らかになった。調査のために設置された委員会で、公記録法の制定や改正と、政府機関の記録管理に関与する独立したアーカイブズ機関が記録管理の標準を決め、監査を担うことが提言された。こうした提言を受け入れつつ、90年代に多くの州政府で公記録法が制定、改正されていく。そのきっかけとなった2つの事件をたどってみたい。


一つ目は、西オーストラリア州で87年に起きた首相ほか政府の重要な役人が関与する事件だ。世界的な株価暴落の影響で倒産の恐れが生じた4つのグループ企業に、不透明に多額の公的資金が提供されたといわれている。2企業は政権を担当していた労働党の主要な献金者で、多額の政治資金を献上していた。公的資金の提供は、政府が運用している資金貸し付け団体などを通じて行われ、また、議会では単位が違うほどの少ない金額が報告されていた。少なくとも6億豪ドルの損失があったと言われている。州政府は問題を受けて調査委員会を設置し、検証を始めた。


92年に提出された調査委員会の報告書では、公記録の不適切な管理実態が指摘された。内閣の重要な会議にかんする議案や提出資料、意思決定の記録が残されておらず、そうした決定は秘密裏に行われていた。形骸化した中身のない文書しか残されていなかったことが明らかになった。


調査委員会は政府と議会に対し、多岐にわたる40の提言をした。その中で、アーカイブズ機関と記録管理にかんする法律の改正を提言した。そこでは、独立した権限を有するアーカイブズ機関が、記録の作成、維持、保存についての標準を設定し、公的機関の記録管理が標準に適合しているかどうか調査し、監視することを求めていた。同時に議会に設置されたオンブズマンなどと協力して、州政府の説明責任を支える役割を担うべきだという提言をした。


もう一つの事件は、クイーンズランド州で起きた。87年に、州警察が違法賭博によって組織的な売春、麻薬密売に関与している可能性が報道された。州政府はすぐに調査委員会を設置し、全貌を明らかにし、公記録の調査や公務員への聞き取りを実施しようとする。調査が進むにつれ、政治献金をしていた個人や団体に対して、政治家が便宜を図っていた可能性が浮上してきた。この事件で4人の閣僚を含む数多くの関係者が逮捕され、前首相ペーターソンが証拠偽証罪で逮捕される事態となった。調査の中で、公的資金の貸し付けにかんする一部の記録が残されていないということも明らかになった。州行政全般にわたる再構築を考えるために設置された委員会は23の報告書を議会に提出。その中にアーカイブズ法の改正にかんする報告書があった。独立した強い権限を持つアーカイブズ機関の必要性が訴えられ、それを実行するために、アーカイブズ機関が記録管理の標準を設定し、記録の処分について、大臣などの指示に左右されずに、決定できることを求めている。

事件を受けて記録管理は

大木悠佑氏の日本アーカイブズ学会での報告資料から

実際に図示して見ていきたい。上に示したのがクイーンズランドの州公記録法のうち、記録管理にかかわる部分の概要だ。アーカイブズ機関の長であるアーキビストが標準やガイドラインを作り、適切に行われているか調査したり助言する。公記録の処分決定にアーキビストが権限を持って承認する。独立性が担保されており、大臣や組織の指示対象とならない。アーキビスト、アーカイブズ機関が中心的な役割を果たしていることがわかる。委員会の機能はアーキビストや大臣に助言し、公記録の処分決定に対しても見直しを求めることができる。アーカイブズ機関が実施する公的機関に対する調査は09年から2年ごとに実施されている。ニュージーランドの方もだいたい同じである。公的機関の監査に加えて、アーキビストが実施する政府全体の記録管理方針について、委員会が監査基準などを作り、5年以内ごとに監査が実施されている。

大木悠佑氏の日本アーカイブズ学会での報告資料から

豪州のアーキビストであるクリス・ハーリーはレコードキーパーの役割を10に分けている。大きく3つA(提供する役割と機能:青色)、B(規制的な役割と機能:赤色)、C(監査役:緑色)に分けられ、この役割が分離されずに実行されると非効率的になり、ご都合主義的に機能しているように見える、と指摘している。

大木悠佑さんの日本アーカイブズ学会での報告資料から


大木悠佑氏の日本アーカイブズ学会での報告資料から

日本の仕組みは

日本の事例を確認しておきたい。グループ分けをしていくと、ご想像の通りということだが、内閣総理大臣が多くの役割を担っていることが分かる。Cグループは存在していない。今回、16年から18年にかけて公文書管理にかんして色々な問題が起きているが、こうした制度的なことが影響を与えたのかもしれない。説明責任を支えるレコードキーピングを適切に機能させるためにも、チェックアンドバランスの体制を考える必要がある。例えば、国立公文書館が省庁の公文書管理を監査する役割を担うことも一つの方向性ではないか。

大木悠佑氏の日本アーカイブズ学会での報告資料から
大木悠佑さんの日本アーカイブズ学会での報告資料から

公文書管理法が制度的に課題を内包していることは指摘した通りだが、だからといって管理法が必要ないということではない。管理法があったからこそ、法的に問題な行為が行われている、または法律自体に問題があると指摘できた。法律の問題点をふまえて、より実効性のある、公文書管理制度に作り替えていくことが重要。そのときにアーキビストたちが専門家の立場で意見を述べていくことが必要だ。豪州のシステムが全て正しいとは思っていないが、同じような事例を経験した各国の制度は参考になると思う。海外の事例に目を向けながら、我々の公文書管理制度を構築していく、その議論のきっかけの一つになればと願っている。

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おおきゆうすけ 1985年生まれ。地方自治体や金融機関のアーカイブズ機関で公文書などの専門員として勤務しながら、学習院大学大学院でアーカイブズ学を研究。現在も、自治体の資料館で公文書を管理するアーキビストとして勤務している。





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