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「野獣」という名の列車をたどって

失敗した開発援助編Ⅰ ODA112億円かけ5年でコンテナ1つ エルサルバドルの港

日本政府の途上国援助(ODA)でエルサルバドル東部につくられたラウニオン港は、この5年間で扱ったコンテナがわずか一つしかなかった。経済の「起爆剤」となるはずだった港は、なぜ「不発」に終わったのか。関係者の証言や第三者の報告書から探った。(GLOBE記者 村山祐介)


「Abema x GLOBE」の特集番組「『野獣』という名の列車をたどって」より




ラウニオン港は、ホンジュラスとニカラグアに面するフォンセカ湾の入り江にある旧クツコ港を埋め立てて、エルサル初の本格的なコンテナ港としてつくられた。中米全域の物流ハブとなり、ヒト・モノ・カネが集まる「中米のシンガポール」に――。そんな期待を込めて、エルサル政府は、内戦で荒廃した東部地域を復興する最重要案件と位置づけ、国際協力機構(JICA)が2001年に112億円の円借款を供与した。設計を日本のコンサルタント会社、施工は日本の中堅ゼネコンとベルギー企業が受注して、08年末に完成した。



物流ハブのイメージ=空港・港湾自治委員会のプレゼン資料より



工事前の1995年と2001年に港を訪れたことのある私は1月下旬、17年ぶりに現地を再訪した。



2001年1月当時の旧クツコ港=村山祐介撮影



管理棟6階にあるガラス張りの監視センターからの眺望に、あぜんとした。



2018年1月のラウニオン港=村山祐介撮影



がらんどうだった。東京ドーム八つ分ほどの敷地に、コンテナは一つもない。動くものすらほとんどない。小さな船が2隻停泊していたが、荷下ろしではなく修理や給油のためだという。






いったいどうなっているのか。




空港・港湾自治委員会のラウニオン港総務財務部長で、現場責任者のペドロ・オレヤナ(52)は答えた。「どうしてって? 航路の深さは足りないし、首都には遠いし、大型クレーン設備もない」。






スクリーンに映し出された実績表(写真下。赤線は筆者が記載)が、港の歩みを物語っていた。



空港・港湾自治委員会のプレゼン資料より。クリックで拡大



コンテナの取扱数は、開港した10年が4、11年は14、12年が48だったが、13年以降は0、0、0、1、0。つまり、この5年間で一つしか取り扱っていないのだ。一般の貨物船も多くて年5隻。2015年の取扱実績は目標の3%に満たなかった。定期的に入港するのは、給油やメンテナンスのためのマグロ船くらいで、貨物を積んだ船が来るのは数カ月に1回ほどだった。




関係者の証言と、JICAが第三者に委託した外部事後評価報告書などを総合すると、問題は大きく三つあった。




問題① 民間委託が頓挫

一つは、港の運営が「中ぶらりん」のままだったことだ。

運営を民間委託することが決まっていたが、エルサルでは前例がなく、その法律ができていなかった。港は08年末に完成したものの、09年に20年ぶりに政権が交代。前政権の目玉事業だった港をどうするかの基本方針がなかなか定まらないまま時間が過ぎた。




法律の整備が終わり、運営業者の入札にこぎつけたのは14年。しかし、手を挙げる企業はなく、入札は不調に終わった。結局、今にいたるまで、空港・港湾自治委員会が「暫定的」に直営を続けている。東部開発を担当する官房副長官アルベルト・エンリケス(69)は「運営を民間委託する手続きに非常に多くの時間を要してしまいました」と話す。







問題② 途中で設計変更

事業の途中で港の設計を変更したことも、迷走に拍車をかけた。

委員会側は05年、深さ14メートルで設計されていた接岸部の水深をさらに1メートル深くして、15メートルにする変更を決めた。07年にパナマ運河の拡幅工事を控え、「ポスト・パナマックス」(喫水15・2メートル)と呼ばれる大型船の時代を迎えつつあった。港の現場責任者オレヤナは「船はより大きく、港はより深くという世界の潮流に遅れをとってはならないと考えたのです」と当時の経営陣の判断を振り返る。日本側は難色を示したものの、最終的には受け入れた。




代償は大きかった。工事変更の費用を捻出するため、「本格的なコンテナ港には不可欠」(評価報告書)のはずだった荷下ろしに使う大型クレーンが事業範囲から外された。いずれ運営を担う民間企業が用意すればいい――。そんなあては外れ、ツケは直営することになった委員会自身に降りかかった。荷下ろしのクレーンを備えている船しか、受け入れることができない。オレヤナは「誤った決断でした」と話す。



船上にクレーンを備えるコンテナ船=空港・港湾自治委員会のプレゼン資料より




問題③ 泥土で埋まる航路

今なお解決策が見えないのが、航路に泥土が流れ込んで埋め戻されてしまうことだ。

設計上の水深は14メートルだが、いまは工事前と同じ7・1メートルの深さに戻ってしまった。ポスト・パナマックス船どころか、小型船すら水深8メートルは必要。オレヤナによると、12時間ごとに3時間だけ水位が最大2・5メートル高くなる満ち潮の間しか船の受け入れができず、次の満潮まで、23キロ離れた湾外で待ってもらうこともあるという。

コンテナを扱う海運会社は12年末、わずか1年余りで撤退を決めた。エルサル初の本格的なコンテナ港だったはずが、コンテナ船は全く寄りつかなくなった。




埋没は当初から不安視されていたことではあった。

もともと十分なデータがなく、2001年に詳細設計に入る際、日本側は追加の現地調査を提案したが、エルサル側は先を急いだ。オレヤナは「何年もかかった道のりを引き返すわけにはいかない、という感じで、前に進むだけでした」と話す。

07年に航路を深くするために海底の土砂をさらう浚渫工事が始まると、現場に驚きが広がった。浚渫業者が作業を中断して、しばらくして戻ると、作業前の状態に戻ってしまっていたのだ。JICAが調査したところ、想定外の激しい埋没が起きており、当初試算の4倍近い泥土が流れ込んでいることが分かった。



港の全景。左側の赤い部分が設計上は水深15メートルだった=空港・港湾自治委員会のプレゼン資料より



定期的に浚渫して航路を深くできれば、受け入れできる船や貨物が増えるが、費用もかさんでしまう。JICAが専門家に委託して14年にさまざまなシナリオを分析したところ、設計通り水深14メートルを維持する場合は年約4500万ドル(約48億円)、水深10メートルまででも年約1200万ドル(約13億円)もの巨費が必要と推計された。560ページを超す最終報告書では、港の利用料がいまのままなら、「どの航路水深においても浚渫費用を除く純収入は浚渫費用を常に下回ることがわかった」と結論づけた。つまり、どうやっても黒字にならないということだ。値上げすれば、シナリオ上は「浚渫費用を除く純収入が浚渫費用を上回る」としたが、「港の競争力を弱め、コンテナ取扱量を減少させる方向に働くだろう」とした。行き詰まりは明らかだった。




4段階で最低評価

もうすでに、港の経営は「火の車」になっている。

評価報告書によると、エルサル側の経験不足や土木工事の増大などで、事業期間は当初計画の1・7倍もかかり、総事業費も計画の約150億円から約233億円まで膨らんだ。運営が始まった後も、売り上げがほとんどないのに維持管理費がかさむうえ、JICAに対する年6億円の円借款返済がのしかかる。巨費がかかる浚渫はしていないのに、2013年~15年の赤字は年1千万ドル(約11億円)を超えた。




第三者による評価報告書は、航路の埋没については「事前の調査が十分ではなかった可能性がある」、運営を民間委託に限定したことと、大型クレーンを事業範囲外にしたことで「更なる停滞を招いた」と指摘した。「港の利用は非常に限定的で、事業目的の達成度は低く、所期のインパクトはほとんど発現していない」とし、「本事業の評価は低い」と4段階で最低の総合評価を下した。



JICAの2015 年度外部事後評価報告書 円借款「ラ・ウニオン港開発事業」



JICAは取材に対し、「現在停滞しているものの、エルサル及び近隣諸国の物流の活性化・効率化を図る上でラウニオン港が担うべき役割は大きいと考えている。JICAとしては、現状を真摯に受け止めつつ、継続してフォローアップを行うことで、責任を果たしていきたい」(広報室)とコメントしている。




■JICAの2015 年度外部事後評価報告書 円借款「ラ・ウニオン港開発事業」はこちら


■JICAのラ・ウニオン港浚渫計画策定プロジェクトファイナルレポートはこちら



■失敗した開発援助編Ⅱ エルサルバドルの「失われた20年」 希望の港が沈んだ時代はこちら


■失敗した開発援助編Ⅲ 日本ODAの港が失敗したわけ 関係者に聞くはこちら


■失敗した開発援助編 番外編 記者が見たラウニオン港の源流 23年前の旅日記からはこちら


■特集本編[Part1]はじけた夢 「一足飛びにシンガポールになろうとした」はこちら

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