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100歳までの人生設計

幸福感が増す?「老年的超越」のヒミツ

100歳以上に達した人たちは、百寿者やセンテナリアン(Centenarian)と呼ばれる。近年、100歳近い人の精神世界が解明され、70代ごろまでの人とは異なる「幸福感」が存在することが分かってきた。「老年的超越(gerotransendence)」と呼ばれる精神世界はどんなものなのか。高齢者心理学を専門とする東京都健康長寿医療センターの研究員増井幸恵さん(53)に聞いた。(聞き手:GLOBE記者 高橋友佳理)


80代以降は幸福感が高まる

東京都健康長寿医療センター研究所の増井幸恵さん

――高齢者は「うつ」になりやすいということが知られています。なぜでしょうか。


「うつ」の引き金になるようなネガティブなことに高齢になるとたくさん見舞われるからです。1つは「仕事」からの引退。経済的な生活を支えてきて慣れ親しんだ仕事を引退したり、女性だったら子育てが終わることで、社会の中で果たすべき役割を見失ってしまう人が多い。2つ目には病気や体力の衰え。昔はできていたことができなくなる。「第2の人生だから」と若い頃に行っていたスポーツを再開したいと思っても、体力が落ちているため思うようにはできない。3つ目が「死」の問題です。「自分がもうじき死ぬのではないか」という恐怖や、身近な人の死によって生きがいを失ってしまう。


100歳に近くなると、女性では、半分ぐらいが寝たきりで、3~4割は要介護の状態となります。本当に元気な人は1割ぐらい。しかし、ほとんど家の中で過ごさなくてはいけなくても、60代、70代の人であれば悲観するのとは対照的に、80代以降になってくると、幸福感が高まっていくことがわかってきました。否定的と肯定的、両方の刺激を与えても、肯定的なことしか覚えていないのです。


――そういう状態を「老年的超越」と言うのですね。

はい。何歳から、というものではなく、年を取るにつれて次第にそういう気持ちが強まっていきます。60代より70代、70代より80代、と高まっていきます。


元々は、スウェーデンの社会学者、ラルス・トルンスタムが1989年に提唱しました。85歳を超える超高齢者になると、それまでの合理的、分析的な価値観から「宇宙的、超越的なもの」に変わっていくということを言い、以下のような特徴をあげました。


①思考に時間や空間の壁がなくなり、過去と未来を行き来するようになる。死の恐怖も薄れていく。

②自分の欲求や健康に対するこだわりが低下し、他者を重んじるようになる。

③過去に持っていた社会的や役割が地位に対するこだわりがなくなり、交友関係が狭くなっても、限られた中で深い関係を結ぶようになる。一般的な価値観を重視しなくなり、本質が分かるようになる。


同じ頃、発達心理学者のエリクソンは赤ちゃんから60代前半ぐらいまでの心の発達を見て「8段階まである」と言っていたのですが、1997年に亡くなる直前、その先に「9段階目がある」と予言しました。寿命が延びていくとともに、80代以降の精神世界が注目されるようになってきたのです。

昨年11月、東京都健康長寿医療センター研究所で行われたSONIC調査の様子。問診や体力測定、聞き取り調査などが行われた

――日本では、どのような研究がされているのですか。

各地で研究がなされていますが、私の所属する東京都健康長寿医療センター研究所と大阪大学などが合同で、大規模な追跡調査(SONIC)を2010年から行っています。70~90代の高齢者約2500人に体力測定やインタビューを行い、毎年続けています。センターのある東京都板橋区と西多摩郡・青梅市、兵庫県の伊丹市と朝来市で調査を行っています。


――実際に、研究所で行われたSONIC調査の様子を取材させてもらいました。今年は80代が対象でしたね。


はい。会場に来てもらう調査なので、参加率は2割ほどで比較的お元気な方が参加されますが、なかには、「研究のために」と車いすや杖をついて来ていただける方もいます。



感謝の気持ちを持つように

――SONICで、老年的超越は裏付けられたのですか。

はい。日本人においては、時間や空間にかんする超越的な感覚よりは、先祖や子孫とのつながりを強く感じるようになる、という傾向が現れました。また、「あるがまま」を受け入れ、他者の存在に感謝の気持ちを持つようになるという傾向もみられました。


90代後半の元気な人が、寝る前に「明日はもう目が覚めないかもしれない」と思うのだと話していました。そこに恐怖はなく、とても自然で、朝起きて「あ、私まだ生きていた」とびっくりするらしいんです。ある日突然「死」が訪れるのではなく、生きることと死ぬことが連続している感覚です。


自分を幸せにする方向に考えるように


――なぜ、老年的超越は起こるのでしょうか。

大病をしたり親しい人を亡くすなどの危機的な経験をすると強まるという研究結果もありますが、そのような経験がなくても、全般的に年をとると自然に超越的傾向が強まります。なぜかを考えたときに、合理的、客観的、分析的に考えるより、自分を幸せにする方向に考えていくシフトが起きるのではないかと言われています。そのメカニズムについては、目下研究が進められています。


――その存在が、あまり知られていないのでは。

高齢者の「うつ」はよく知られていますが、老年的超越はあまり知られていないかもしれません。若い人が接する高齢者はせいぜい70代ぐらいまでが多く、言ってみれば将来に対する不安が高い年代です。それを超えて80代、90代になった人の気持ちを、もっといろんな人に知ってほしいですね。


超高齢者はできないことが増えて不幸感が高まると思いきや、自分自身をとらえ直し、感謝の気持ちが高まっていくのです。特に、60、70代の人が「お父さん、昔はばりばり頑張っていたのに、今はすっかり毒気を抜かれて閉まった」とか「今はやる気がなくなってぼーっとしている」などと80、90代の親を見下して見てしまうことがありますが、実際ではそうではないと知ってほしい。80代、90代特有のものの考え方、世界があるということが分かれば、自分の中のいらだちや不安感を減らすことができるのではないかと思います。


    ◆◆◆

今回、超高齢者の世界を知るために、何人かのお年寄りを訪ねた。そのうちの1人で昨年100歳になった府中市の一宮鈴子さんを紹介する。

「いい風に解釈する」

都知事から贈られた記念品と祝い状を持つ府中市の一宮鈴子さん

鈴子さんは大正6年に生まれ、戦後の混乱期に子ども3人を育てあげた。今ではひ孫も8人いる。毎週社交ダンスの教室に通い、昨夏も7センチのハイヒールをはいて発表会に出たという健在ぶり。3食きっちり食べ、好きなのは牛肉。90歳近くまで海外旅行にも行き、楽しみは親戚が自宅に集って行う麻雀と散歩、ショッピングという。100歳になった今の生活について尋ねると、「今が一番幸せ。お嫁さんはお料理上手だし、散歩には連れていってくれるし」と同居する次男の妻節子さん(68)への感謝を繰り返した。節子さんによると、鈴子さんは85歳を超えてから性格が変わったわけではないが、「とてもプラス思考でいつも、いい風に解釈してくれる」という。昨年、小池百合子知事の訪問を受けた鈴子さんは、健康の秘訣を問われ、「自然にいること」と答えた。


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