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豊かさのニューノーマル

実は人間よりはるかに「民主的」なミツバチ社会

独裁のスイッチ③

パリのミツバチ=7月、青田秀樹撮影

ドラえもんの「どくさいスイッチ」や、実は「ボス」はいなかったニホンザルの生態を通して、世界に広がる民主主義への「幻滅」を考えてきたGLOBE「豊かさのニューノーマル」民主主義編。今回の主役はミツバチ。実はこの生き物、約2500年前に古代ギリシャで民主主義が生まれるはるか前から、きわめて民主的なシステムで生き延びてきた。彼らの生き方には、民主主義を考えるヒントが詰まっている。(GLOBE記者 玉川透)

米コーネル大学のトーマス・D・シーリー教授

「ミツバチは群れの生死にかかわる選択を、きわめて民主的なプロセスを通して行い、常に最善の決定を下している」。ミツバチの生態を長年研究している米コーネル大学のトーマス・シーリー教授(65)は言い切る。


自著『ミツバチの会議』(築地書館、邦訳・片岡夏実)でシーリー教授は、女王バチを含むハチの群れが新しい巣に引っ越す「分蜂」という現象を紹介した。ミツバチにとって、新しい巣をどこにするかは群れ全体の運命を決する大問題。誤った場所を選べば、全滅の憂き目にあうかもしれない。最善の判断を下すため、彼らは「探索」と「議論」を繰り返す。中心的な役割を担うのが、約1万匹いるといわれる働きバチのうち、200~300匹の「探索バチ」だ。


ハチも「マニフェスト選挙」


ある探索バチが良さそうな候補地を見つけたら、巣に戻ってきて「あっちに良さそうな場所があった」とお尻をふりふりと振る。この特有のダンスで、見つけた場所の情報を仲間に伝える。それを知って別の探索バチは「どれどれ」と様子を見に行き、帰って来て「ほんとだった、すごく良かった」と、またダンスを踊る。


ダンスの「熱意」も重要だ。見てきた候補地をとても支持していれば、熱心に踊ってアピールする。反対に、そうでもなければ気の抜けたダンスになってしまう。


これを繰り返すうちに、ハチたちの関心はひとつの候補地へと急激に高まっていき、その他の場所のことは徐々に忘れられていくという。


まるで、人間社会の「選挙」のようだ。それぞれがマニフェストを掲げて主張を訴え、支持者を増やしていく。ただ、ミツバチの場合は、支持する側もされる側も、選択を誤らないために、いくつもルールを備えている。たとえば、どんなに熱烈なダンスを見せつけられようとも、やみくもには従わない。必ず自分で飛んで行って候補地を確認してから態度を表明する。また、別の場所がいいと主張していたハチでも、自分の候補地の方が劣っていると判断すれば、持論にしがみつかず意見を変える。周りの雰囲気に流されず、かといって柔軟性も失わないというわけだ。

巣箱に群がるミツバチ=2016年、東京都中央区、竹谷俊之撮影


「強いリーダー」はいらない


ミツバチといえば、女王バチを頂点とする階級社会の典型のように見えるが、分蜂の議論では、女王バチは狭い部屋に閉じ込められ、まったく蚊帳の外だ。


「優れた集団意思決定を脅かす最大要因のひとつ、独裁的な指導者を避けるためだ」と、シーリー教授はみる。


人間の世界では、有事の際こそ、統率力のある強いリーダーが求められる。しかし、「ミツバチの会議」の教訓から、シーリー教授はこう考える。「リーダーは重要な意思決定をする際には、公平な仲裁者に徹するべきであり、決定そのものに影響を与えようとしてはいけない」


なるほど。たとえば、職場の会議なんかで、切れ者の上司が早口の詰問調でまくしたてたり、長々と演説をぶったりするよりも、なるべく自由に議論ができる雰囲気を作り出すことに腐心する方が、よほど生産性が上がるというわけだ。


シーリー教授は、「ミツバチの会議」の正反対の例として、米ブッシュ政権による2003年のイラク侵攻決定を挙げる。リーダーを喜ばせようと、周囲が早すぎる合意をした悪例だという。


米大統領選に「教訓」


「ミツバチの会議」は判断を間違う可能性は低いかもしれない。しかし、いくら民主的とはいえ、いちいち自分で候補地を確認し、意見が一致するまで議論を続けていては時間がかかりすぎるのではないか。実際、探索バチの議論は長いときには数日を要するという。悠長にしていたら、思わぬ危機に襲われるかもしれない。

球状に集まるミツバチの群れ=2013年8月、静岡県焼津市、三宅範和撮影

だが、ここにもおもしろい仕組みがある。探索バチの間で一つの候補地を支持する数が一定数を超えたとたん、他の候補地を推薦していた少数派のハチは、自分たちの意見をすっぱりと捨て、巣に戻って他の働きバチたちに新たな巣に飛び立つためのウォーミングアップをするよう促すという。こうすることで、合意形成が加速し、新たな巣へ飛び立つまでの時間が短縮できるというわけだ。


シーリー教授の実験では、一つの候補地に20~30匹の探索バチが同時に観察された場合、合意が「一定数」に達したと考えられている。これは、意思決定をするうえでスピードと精度のバランスがとれるように、ミツバチが進化の中で調整した結果だろうと、シーリー教授は分析する。


では、人間はどうか。我々は議論を尽くしても全員一致に至らない場合、多数決を用いる。多くの場合は過半数の意見が採用される。しかし、シーリー教授は「過半数は白黒つけるという意味で、とても簡単で早いやり方だが、しばしばグループの中に深い溝を生む。有効な意思決定のシステムとはいえない」と指摘。ハードルをもっと上げて、意思決定の精度を損なわないようにするべきだ、としている。


2016年の米大統領選では、民主党候補クリントンが全体の得票数では勝りながらも、必要な選挙人数を獲得できず、共和党候補のトランプに敗れた。その結果について尋ねると、シーリー教授は「(ミツバチの会議に学ぶとすれば)米国が教訓とすべき最大の点は、大統領選では選挙人制度をやめる必要があるということだ」と語った。


シーリー教授は一方で、「ミツバチの会議」にも限界があることも認めている。「このシステムが人間社会で最も有効に働くのは、せいぜい互いの顔がわかる20人以下の集団までだろう。そしてなにより、メンバー全員がひとつのテーマに興味を持ち、より良い結果を導くために足並みをそろえることが必要になるのです」




GLOBE「豊かさのニューノーマル」の「独裁のスイッチ」編。次回は、カーニバルとサッカーの国へ。「『ブラジルのトランプ』の異名を持つ、異色の政治家」に迫ります。

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