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豊かさのニューノーマル

サル山に「ボス」はいなかった

独裁のスイッチ②

東京・上野動物園のサル山で飼育されているニホンザルたち=玉川透撮影

人間社会で指導者にまず求められるのは、卓越したリーダーシップだ。では私たちに最も近い動物、サルの世界はどうなんだろう。子どもの頃、動物園のサル山で尻尾をピンと立て、肩をいからせて歩く「ボス」を見て、素直にかっこいいと思った。ところが専門家に尋ねると……え、ボスザルっていないんですか? (GLOBE記者 玉川透)


「ボス」は悲しき存在?


「野生のニホンザルの群れには、『ボス』はいない。それは、人間が先入観をつなぎ合わせて作り出した幻想だ」


『野生ニホンザルの研究』(2009年、どうぶつ社)などの著書がある、宮城教育大学の伊沢紘生・名誉教授(77)は言い切る。

伊沢紘生・宮城教育大名誉教授=玉川透撮影

戦後日本のサル研究者の間では1990年代ぐらいまで、ニホンザルの群れはボスに統率された階級社会だと考えられてきた。ボスがうまいエサやメスを独占し、他のサルがけんかしていれば仲裁して群れをとりまとめる。そんな「通説」に異議を唱えたのが、野生の群れを長年つぶさに観察してきた伊沢名誉教授だった。


「たしかに、いっけん『ボス』のような振る舞いをする強いオスは出てくる。でも、それは動物園のサル山のような特殊な環境だ。自然界ではまず起こらない」


伊沢名誉教授によれば、野生のニホンザルの群れは、広い野山で木の実などのエサを採取する。もし力の強いサルがエサを食べていても、弱いサルはそこを避けて別の場所で食べればいいから、争いは起きようがない。一方、餌付けで狭い場所にエサが集中し、複数のサルたちが同時に奪い合う「極限的な競争」(伊沢名誉教授)の状態におかれた時、ボス的な振る舞いをするサルが出てくるという。


サル山で「ボス」と呼ばれてきたサルは、いつも尻尾をピンとそり上げ、肩をいからせて周囲をうかがっている。それがまた、いかにも「ボス」らしく見えてしまうのだが、伊沢名誉教授に言わせれば、いつエサをとられるか分からないという不安から、常に緊張を強いられているだけだという。「人間が『ボス』と呼んでいたサルは、人間がつくった特殊な環境で生み出された悲しい存在なのです」


一方で、興味深いのは力の弱いサルたちだ。「ボス」的な振る舞いをする強いオスがエサを独占しているのを、黙って見ている。「弱いサルたちは最初からあきらめている。どうせ、自分たちはエサを奪うことはできない。だから緊張する必要も無い」と伊沢名誉教授は言う。


なるほど。つまり、「ボス」的な振る舞いをするサルが出てくるのは、弱いサルたちにも少なからず原因があるのだ。


統率する「ボス」もいないのに、100頭近くにもなる野生の群れはバラバラにならない。どうしてか。伊沢名誉教授によれば、「他のサルについて行く」「互いに気にし合う」という、サルが進化の中で獲得した根本的な性質がそうさせているのだという。サルたちは基本的にいつも仲間を気にしながら、自らの行動を選択する。強圧的な命令を下す「ボス」がいない代わりに、だれもが周囲をきょろきょろと見回し、他者の動きにひきずられてしまうために、群れで行動しているように見えるのだ。


まさに、今はやりの「忖度(そんたく)」か。集団の中で抜きんでるのは怖いけど、他の人がやっているなら大丈夫だろう。そんな人間心理にも重なって見える。

サル山のてっぺんでエサを食べるニホンザル=東京・上野動物園、玉川透撮影


サル山は「政治」で動く?


約85年の歴史がある東京・上野動物園のサル山を訪ねた。ちょうどランチの時間だったようで、ごつごつとした岩山で37頭のニホンザルが食事の最中だった。ただし、ほお張っているのは木の枝やササの葉だ。


サルの生態に詳しい教育普及課の学芸員、井内岳志氏(53)に尋ねると、「ニホンザルにはシラカシの枝やササの葉を与えている。わざと、サル山のあちこちにばらまいて、力の強いサルが独り占めするのを防ぐ」と解説してくれた。

上野動物園教育普及課の学芸員、井内岳志氏=玉川透撮影

サルといえば、バナナじゃないんですか?


「動物園では基本的に与えない。あんな栄養価の高いエサは自然界では存在しない。人間でいえば、子供に毎日ケーキを与えるようなものですから」


5、6カ所に散らばったエサ場に群がるサルたちの中に、ひときわ体格の良いオスを見つけた。名前はカジキ。推定13歳。現在、群れで最強のオスという。


上野動物園でも「ボス」という呼称はだいぶ前にやめているそうで、今は代わりに「第1位オス」「アルファ・オス」と呼んでいるという。


「ボスはいなくても、サルたちにとって順位はとても重要です。順位で力の差がはっきりしていれば、あえてけんかをする必要はないし、余計ないざこざも避けられます。一方で、力の拮抗(きっこう)している若いサルは、どちらが順位が上かを確かめるために、よくけんかをします」と、井内氏は言う。

食事中のニホンザル=東京・上野動物園、玉川透撮影

人間の世界でも多かれ少なかれ、自分の「格」が他人より高いか、低いかを気にしてしまうもの。最近すっかり定着した「マウンティング」という言葉も、そもそも強いサルが弱いサルに馬乗りになる示威行動だった。


井内氏によれば、カジキはもともと「2位」で、アジというオスが「1位」だった。しかし、アジは他のサルからエサを奪ったり、乱暴したりする厄介者だった。ある時、カジキたち他のオスが結託してアジを総攻撃。アジは「1位」から陥落し、いったんは子ザルより順位を落とした。現在は、オスの中で「4位」まで復活しているが、お仕置きに懲りたのか、おとなしくなったという。


ただ、「1位」も力が強ければいいというものではないようだ。ずいぶん前に「1位」だったロンというオスは高齢で、けんかもさほど強くなかった。それでも、子ザルと遊んであげるなど優しい性格で、メスたちの支持を得ていたという。「他のオスがロンを攻撃しようとしても、メスが守ってくれることが多かった。それで長く、1位に君臨できたのでしょう」と、井内氏は言う。

サルたちにエサを与える飼育員=東京・上野動物園、玉川透撮影

クーデターに、イクメン。駆け引き上手でないと、組織の中では生き残れない。妙に身につまされる。


人間にさらに近いチンパンジーになると、もはや笑えない。「群れの中の1位と2位がけんかをしたら、キャスティングボートを握る3位はあえて近寄らず、力を温存している。あるいは、2位と3位が結託して1位を攻撃することも。1位がそういう動きを察知し、4位と連合を組むことすらあります」と、井内氏は教えてくれた。


野生のチンパンジーでは、群れ同士の抗争が起きることもあるという。この時ばかりは、ふだん仲が悪い上位のチンパンジーたちも力を合わせて有事に立ち向かう。


ここまでくると、そのまんま人間の政治の世界だ。いや、ヤクザの抗争と言った方がいいかもしれない。


井内氏は言う。「群れ同士の抗争になると、相手方の主要メンバーを全て殺して、群れそのものを崩壊させてしまうこともあります。まさに、人間の戦争の萌芽(ほうが)です」




GLOBE「豊かさのニューノーマル」ドラえもんの「どくさいスイッチ」を考える回で始めた「独裁のスイッチ」編。次回は、「人類のはるか以前から民主主義を採り入れてきたミツバチの『会議』」です。

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