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豊かさのニューノーマル

GDPはいよいよ「くたばる」のか?

パリ・ドーフィーヌ大学教授のドミニク・メダ=宋光祐撮影

取材すればするほど、「もう国内総生産(GDP)拡大を第一にするのはやめよう」といった話が聞こえてくるGLOBE「豊かさのニューノーマル」取材班。ただ、振り返ると朝日新聞も1970年に経済面で「くたばれGNP(国民総生産)」と題して連載、半ば流行語にまでなったものの、結局くたばりはしなかった。今と昔、何が違うのだろう。GDPや経済成長について研究するパリ・ドーフィーヌ大学教授のドミニク・メダ(55)を訪ねた。(GLOBE記者 宋光祐)


GDPは国内で一定期間内に生産されたモノやサービスの付加価値の合計額で、国の繁栄や豊かさを示す世界標準の統計指標だ。毎年はじき出されるその値は国の経済や金融政策を左右する。しかし、パリ北西部16区のキャンパスにある研究室を訪れた私に、メダ教授はまずこう指摘した。「GDPにはお金が支払われる仕事やモノしか計上できないという大きな欠点がある」

パリ・ドーフィーヌ大学=宋光祐撮影

そもそも1930年代に米国の経済学者サイモン・クズネッツがGNPを考え出した当初から、批判はあったという。例えば家事は労働だが、お金が支払われない限りGDPには反映されない。レジャーの時間やボランティア活動など、人の幸福感につながる活動も報酬が支払われない限り、GDPにはあらわれない。生みの親のクズネッツでさえ、この指標に満足していなかったという。


たくさんの疑問が長い間投げかけられてきたのに、今もGDPが世界の経済政策に影響する状況は変わっていない。そう言うと、メダ教授は語った。「世界のすべての国に課される国際基準になった結果、GDPを使うことをやめるのが難しくなりました。同時に、不十分でありながら、とても便利でもあるのです。国同士を一つの数値で比べられるし、金額として示せるためわかりやすい。一人当たりの金額も出せる。だからGDPに代わる指標をつくるのは容易ではありません」


それでも、GDPに代わって幸福度を重視しようと新しい指標づくりを模索する世界の取り組みが相次いでいるのはなぜだろうか。「当時に比べて人々の環境破壊への危機感は高まり、成長と自然破壊に関連があることが明確になりました。さらに1970年代と決定的に違うのは、成長率が低迷し、お金が支払われる仕事以外の活動をより大切にする考えが広がってきていることです」

GDPに代わる指標を検討する委員会を主導したフランスのサルコジ元大統領=青田秀樹撮影

フランスでは2008年、当時のサルコジ大統領の主導で、ノーベル経済学賞受賞者のジョセフ・スティグリッツやアマルティア・センらによる委員会が発足。GDPの限界を明らかにし、より適切な指標を考えることを目指した。経済協力開発機構(OECD)は11年、収入やワーク・ライフ・バランスなど11の項目を数値化して組み合わせ「より良い暮らし指標」を新しく導入した。政府レベルでも、英国でも同じ年に当時のキャメロン首相の提案で、10項目からなる幸福度指標の案が出された。


しかし、いずれもGDPの地位を脅かすほどの影響力を持っていないのが現実だ。


「国際機関などが開発する、幸福度をはかるための指標は複数の要素を組み合わせた複合指標で、個人の主観にかかわるものです。社会の格差や住宅環境、自然への負荷など幸福感にかかわるさまざまな要素のうちどれを指標に入れるのか。どの指標を重要視するのか。また、その数値はGDPのように貨幣に換算できるのか。まだGDPの果たしてきた役割を引き継ぐほどのものはできていないと思います」


幸福度をはかる指標が、GDPと同じくらい強い影響力を持つには何が必要なのか。メダ教授が言うハードルはかなり高い。「例えば、貧困率や収入など福祉にかかわるデータは十分ありますが、出てくるまでに時間がかかり、実施された政策と結果の因果関係を見極めるのが難しい。様々な要素を一つの数値にまとめる方が強い影響力が生まれるでしょうが、教育や住宅、自然環境など異なる次元をまとめるのは非常に困難です」


欠点がわかっているのに、GDPより優れた指標を作ることが難しい。しかも、ここ20年ほどはGDPの増加が必ずしも個人の収入に結びついていないことが指摘されるようになってきた。それでも「脱GDP」の道を見つけることが難しいというメダの指摘にジレンマを感じる。


「GDPとはただの数字ではなく、権力なのです。その数字の裏には、目指すべき世界観がある。GDPで言うなら、より多く生産すること、消費することは良いことだという価値観です。新しい指標を生み出すことは、単に新しい統計指標をつくるのではなく、世界が進む方向を決定づけることになります。そのビジョンを誰が示すのか」

パリの街角=宋光祐撮影

世界が目指す新しい姿を代弁できるような指標。メダ教授は、一般の人も傍観者でいてはダメだと釘を刺した。「人生が豊かになるために何が必要なのか。次の指標にその考えを反映させるために、市民自らが意見を述べていかないといけない」

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