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豊かさのニューノーマル

GDP拡大を第一にするのはやめよう。と言われても、どうしたら?

京都大学の広井良典教授に聞きました(中)

日本も個人のライフスタイルや幸せに重きを置いてゆこう、という考え方はインタビュー第1回で理解したものの、必ずしも国内総生産(GDP)の拡大を第一にしない社会って、どうなるの? 豊かさのものさし、どうなるの? 京都大学こころの未来研究センターの広井良典教授(56)に聞いた第2回です。(GLOBE編集部 宋光祐)





広井良典教授=大島隆撮影

――GDPの拡大を目標としない定常型社会では、豊かさや幸せはどうやって計られるのでしょうか。

幸福度をはかる指標としては、ブータンの国民総幸福(GNH)が有名ですが、ノーベル経済学賞を受賞した米国のジョゼフ・スティグリッツとインド出身のアマルティア・センがGDPの計算方法の見直しを求める報告書を出したり、経済協力開発機構(OECD)がベター・ライフ・インデックス(より良い暮らし指標)を開発したりしています。日本でも、東京都荒川区などがGAH(グロス・アラカワ・ハピネス)という独自の幸福度指標を策定したり、ここ10年ほどでおもしろい動きが出てきています。


GDPやGNPは国レベルで経済をすべて考える発想で、国がマクロの経済政策をコントロールできるという信仰のようなものです。しかし、実際はGDPが増えたからといって、自分の所得が増えるという単純なものではありません。高度成長期の日本ならまだしも、格差も生まれてきた社会で、GDPが上がることが自分の生活に直結するなんてことはほとんどなくなってきています。一方、グローバル経済が進めば、国単位の経済指標は空疎なものになっていきます。むしろGGP(グロス・グローバル・プロダクト)やGLP(グロス・ローカル・プロダクト)のほうが重要とも言えます。GDPが合わなくなっていると感じている人は経済界にも多いのではないでしょうか。


――しかし、過去にも低成長の時期はあり、ヒッピーのように経済を中心とした既存の価値観を否定する動きはありました。そのなかには当時のGNPに代わる指標も議論されたのではないですか。

ここ200~300年の工業化社会のなかで、今回の定常型社会の波は、3回目のサイクルに当たるというのが私の理解です。1回目は、経済学者のジョン・スチュアート・ミルが1848年に書き上げた『経済学原理』のなかで、土地の有限性にぶつかって人間社会は定常に向かうと言いました。それによって、人々は本当の幸せを得るとも言っています。当時は農業社会の終わりのころで、現実にはその後、社会は工業化が本格化し、ミルの議論は忘れられていきました。


二回目の波は、1970年代です。世界の経済学者らが集まる民間組織ローマクラブが72年に報告書『成長の限界』をまとめました。翌年にはオイルショックが起きました。朝日新聞も「くたばれGNP」という特集を組んでいた時代で、GNPに代わる指標が国際的にも議論されていたのです。この時代の背景はいわば「工業化の資源的限界」だったと言えます。


しかし、成長はここでは終わらず、1980年代以降、情報と一体になったグローバル金融経済が登場し、新興国が台頭してきたこともあって、経済は工業化の次の段階に移っていきました。しかし、08年にはリーマン・ショックが起き、再び先進国で経済が低迷し、「長期停滞」とも言われるようになりました。こうしたことと並行して、GNHなどGDPに代わる指標や、幸福や豊かさに関するより根本的な議論が現れてきました。先進国のGDPはほとんどフラットになってきており、私はこれが議論の最終段階だと考えています。


――過去にGNPの代替指標が議論されたときと、今では何が違うのでしょうか。

GDPが公害や犯罪対応などの費用まで計算に入れていることなどは当時から問題だと指摘されており、GDPへの疑問という点では基本的にはそんなに変わらないと思います。しかし、「幸福」研究への関心の高まりなど、経済成長に代わるよりポジティブな価値を見いだしていこうという傾向は今の方が強くなっているように思います。これまでの人類の歴史を見ても、量的な拡大・成長から定常化に向かう時代においては、そうしたポジティブで新たな価値や思想を生み出すような動きが現れるのです。


――ただ、GDP以外の指標はまだ、国の政策決定に大きく影響するほど重要視されているようには見えません。

確かに、OECDの「より良い暮らし指標」など、ほかの指標はGDPのように単一の数字が出るわけではなく、わかりにくいと言えばわかりにくい。経済(効率性)、福祉(分配の公正)、環境(持続可能性)の3つの要素で考えると、それぞれ次元が違うので、一つの指標で表すのは原理的には不可能にも思えます。しかし、指標というのは決して不変ではありません。GDPやGNPも世界恐慌の後、特に第2次大戦の後になって政策決定に使われるようになっただけで、まだ約60年しか経っていません。いまはGDPに代わる新たな指標や思想が生まれるまでの過渡期ではないでしょうか。


後編に続く



広井良典(ひろい・よしのり)

1961年生まれ。京都大学こころの未来研究センター教授。専門は公共政策と科学哲学.。

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